6月30日(金)に放送された「ガイアの夜明け」(毎週金曜夜10時)のテーマは、「ここまで来た!iPS細胞はいま」。
日本の山中伸弥教授が世界で初めて作成に成功したiPS細胞。皮膚などの細胞に特定の遺伝子を組み込むことで、神経や臓器などのあらゆる細胞に変化する能力を持つ画期的な細胞だ。
山中教授のノーベル賞受賞から10年が過ぎたが、治療や研究はどうなっているのか。一層進化した、知られざるiPS細胞の最前線を追う。
iPS細胞で心臓病患者を救う!山中教授とタッグを組んだ医師の闘いに完全密着
2017年、ガイアはiPS細胞を使った世界最先端の研究現場に初めて足を踏み入れた。
大阪大学(大阪・吹田市)の研究室で見せてもらったのは、iPS細胞を培養しているところ。顕微鏡で映し出された粒の一つ一つが、ヒトの細胞からつくったiPS細胞だ。
何にでも変化できるiPS細胞を装置に入れ、特別なタンパク質などを加えて培養すること約1カ月…。以前は顕微鏡でしか見えなかったものが、目に見える大きさに。それを3000万個ほど集めると、なんと動いていた。
大阪大学 心臓血管外科教授(当時)の澤芳樹さん(現:大阪大学 特任教授)は、「これは、iPS細胞を心筋(心臓の筋肉)に変えていったシート」と話す。澤さんが目指すのは、患者の弱った心臓にこの心筋シートを移植し、機能を復活させる治療。この時点では、世界の誰も成功していなかった。
「助けられない悔しい思いをたくさんしてきたが故に、執念というか。なんとか助けたいという強い思いがある」。
澤さんは心臓病の分野では日本屈指の医師。数々の心臓移植手術に携わってきたが、ドナー不足などもあり、心臓移植に限界を感じたという。澤さんは、山中教授がノーベル賞を受賞する4年前から、共に研究を進めてきた。
2018年5月。iPS細胞からつくった心筋シートについて、厚労省が人への臨床研究を条件付きで承認した。クリーンルームで、人に移植する心筋シートの作成が始まったが、そのわずか2週間後、最大震度6弱の大阪北部地震が発生し、培養中だったiPS細胞が全滅。設備も大きな被害を受けてしまう。年度内の計画は白紙に…。
ショック冷めやらぬ10月、澤さんは山中教授とシンポジウムに参加。山中教授に
「(iPS細胞)は発展途上の技術だが、技術が成熟するまで待てない。患者さんはどんどん亡くなっているわけだから」と発破をかけられ、再び闘志に火がつく。
2020年、澤さんは世界初の移植に成功。iPS細胞からつくった心筋シートを、弱った心臓に直接貼って元気にする手術で、大阪大学で3例の治験を積み重ねた。そして、2021年9月、今度は大阪大学だけでなく、全国で治験を行うことに。誰でも受けられる治療を目指す段階に入ったのだ。
今年1月、福岡にある九州大学病院に、治験の対象に選ばれた患者がやってきた。
50代の山田さん(仮名)は心臓の左心室の一部が壊死しており、健康な人の3分の1ほどしか働いていない。病名は「虚血性心筋症」。
山口県に住む山田さんは作業現場で働く重機のオペレーターで、30代の頃に心筋梗塞を発症。2年前から急激に症状が悪化し、薬で治療をしてきた。
しかし、薬ではもう限界ということで、今回iPS細胞から作成した心筋シートを使った移植手術に望みをかけることにしたのだ。
手術前日、大阪大学発のベンチャー「クオリプス」(大阪・箕面市)でつくられた心筋シートが、大阪大学 特任講師・笹井雅夫さんによって福岡へと運ばれる。
「今までは大阪大学でつくって大阪大学で使う近距離。運ぶ時に細胞が死んだら意味がないし、シートが崩れると移植できなくなるので難しい」と笹井さん。九州大学病院までは、約500キロの道のり…この治療法が全国に広がるかどうかのカギを握る大事な挑戦だ。
翌日、澤さんが大阪から運んだ心筋シートを確認する。1枚当たり3000万個を超える心筋細胞が含まれており、顕微鏡で見ると、本物の心臓の筋肉と同じように動いていた。
今回執刀するのは九州大学病院 心臓血管外科の塩瀬明教授で、澤さんは、全国でこの手術ができる医師を増やすため、横でサポートすることに。そして手術が始まった――。
あなただけのiPS細胞をつくります! 山中教授の愛弟子が挑む注目のビジネス
ベンチャー企業が集まる施設に拠点を置く「アイ・ピース」(京都市)。山中教授の研究室でiPS細胞に取り組んでいた田邊剛士さんが8年前に立ち上げた会社で、個人用の将来、治療に使えるグレードのiPS細胞を作成し、保存するサービスを提供している。
実はiPS細胞のほとんどは、山中教授が理事長を務める財団が提供している。拒絶反応を起こしにくい細胞だが、現在適合するのは日本人の約4割といわれている。
そこで田邊さんは、拒絶反応のリスクが低い自分だけのiPS細胞をつくるサービスに取り組んでいる。
「生まれたら当然のように自分のiPS細胞を持って、それを医療の中で使っていく未来を実現したい」。
実はこのサービスは、すでに始まっていた。
会社を経営する瀬戸山さんがやって来たのは、「アイ・ピース」が提携する「Dr.KAKUKOスポーツクリニック」(東京・渋谷区)。
必要なのは採血だけ。血液は京都にある「アイ・ピース」の施設に運ばれ、クリーンルームで血液の細胞を取り出し、そこから一人一人のiPS細胞をつくっていく。
約2カ月半かけて個別に培養し、約10万個まで増やしてから冷凍保存。将来、いざという時に、自分のiPS細胞がすぐに使えるというわけだ。
費用は220万円からで、現在100人ほどが申し込んでいる。
研究者と経営者…2足のわらじを履く田邊さんは、全国のクリニックを回り、自ら営業活動。現在提携しているのは4カ所で、5年以内に50カ所に増やすのが目標だ。
「iPS細胞をつくるチャンスを山中先生にいただいて、それをみんなの手に届くところに届けたい」と話す田邊さん。実は5年かけて、ある機械の開発も進めていた――。