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「キラキラした人生を歩もう」「ネガティブなんていらない」──。ソーシャルメディアをのぞくと、次々に浮かび上がる「ポジティブ思考」というキーワード。あなたは「自分らしく、ポジティブ」な人生を歩んでいますか。
「テレ東プラス」では、自身の性格についてアンケートで実態を調査し、結果を踏まえて専門家に話を聞きました。
半数以上はネガティブな性格
Yahoo!ニュースを通じて、全国の10〜60代以上の男女2000人にアンケートを実施(2023年1月13日)した結果、自分の性格を「ネガティブ」と答えた人は56.1%と過半数。
「ネガティブな性格による失敗(自由回答)」からは、さまざまな声が聞こえてきます。「くよくよしているうちにチャンスを逃した」「自己肯定感が低く、物事にチャレンジする前に断念する」など、挑戦できなかったことに対する後悔が目立ちました。
「些細(ささい)なことで落ち込んでしまった経験はあるか」の問いには「ある」が83.1%。また「周囲の空気を読むほうか」と聞くと「はい」が84.8%という結果に。8割以上が小さなことで落ち込んだ経験があり、周りの目を気にする傾向にあります。
「プラス思考は大事」と答えたのは82.9%。「ネガティブな性格」が過半数の一方で、ポジティブでありたいと多くの人が願っているようです。
実際にSNS上では「ポジティブになろう」との声がたくさん。でも、本当にそれでいいのでしょうか。脳科学や心理学を交えながら国内外で坐禅や禅哲学などを指導する、臨済宗妙心寺派本山塔頭・春光院の川上全龍住職にお話をうかがいました。
「自分らしく生きる」の正体
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Q. アンケート結果では、自身の性格をネガティブと考える人が過半数を超えました。
「自分への評価が控えめな、日本人らしい特徴が表れているともいえます。ただ、現在の社会情勢において『ネガティブな性格』は、至極当然だと思います。
特に、2000年前後生まれの『Z世代』と話すと『いまは終わりの始まりだ』と言います。経済状況や気候変動の悪化、新型コロナウイルスの感染拡大などから、約束された未来がイメージできないのは当たり前ではないでしょうか」
Q. ネガティブになるのも当然の時代だと。
「『ネガティブな性格』と言いますが、そもそも人は二元論では語れません。善と悪、ポジティブとネガティブは、どちらもその人のなかにあり、時代の移り変わりや心持ちの変化で片方が優位に立つことがあります。ネガティブとは、その人を構成する一部分に過ぎません。それにネガティブさは、注意深く思慮深いともいえます。決して悪いことではありません」
Q. しかし自由回答では「失敗を恐れるあまり挑戦ができない」など、ネガティブな性格による失敗談が多く寄せられています。
「それは自己の定義がとても狭いから、足がすくんでしまうのです。決断に対する全ての責任が自分にあると思い込んでいるからチャレンジができない。現在の教育方針がそうさせています。とにかく個人を尊重し『あなたらしく生きなさい』と言っている」
Q. 「自分らしく生きる」は、良いことのように聞こえますが。
「『あなたらしく生きなさい』は、見方を変えれば全て背負い切らないとダメですよ、ということ。そんな酷な話はありません」
Q. では、どうすればいいのでしょうか。
「そうした耳当たりの良い言葉に惑わされずに、現実を見るのです。自分というものは、周りから影響を受けて成り立っているし、人生には不確実性の高い因子がたくさんあります。そのなかで成功するときもあるし、失敗するときもする。要するに、自分だけの責任で人生をコントロールするという発想は、非現実的なわけです。それが理解できれば、チャレンジに対して恐怖心が減るのではないでしょうか。
例えば、ビジネス本で起業家の成功体験を読み、その通りに行動したとしましょう。でも、十中八九うまくいきません。本のなかでは物事の因果関係が単純化され、運やちょっとした人とのつながりなどの不確定要因が取り除かれているからです。リアリティーが損なわれているのです」
Q. 近年ソーシャルメディアでは、極端なポジティブ論が拡散されている気がします。
「『ポジティブで明るければいいことばかり』『ネガティブな心は捨てよう』など、世の中には先鋭的な言葉が飛び交っています。ですが、極論なポジティブ論を支持すれば、自分の行動に疑いがなくなり、疑問を持つ人をつまはじきにし、多様性を認めなくなってしまう。正義の旗印のもとで思考停止に陥る戦争がいい例です。
前向きでいると高揚感が出るし、ポジティブ精神の人のそばにいた方が気持ちいいですよね。でも、ただの快楽主義に過ぎないのでは?と首をひねりたくなる場合も多々あります。それでは、物事の片側しか見えていない集団ができてしまいます。
ちなみに『エビデンス』や『ローンチ』など日本の会社に氾濫(はんらん)するカタカナ語も、旗印になりやすい。耳にする機会が増え、腹落ちしていないのに『じゃあ自分も使わないと』となっている人も少なくありません。いまは、皆がサステイナビリティー(持続可能性)とウェルビーイング(心身の健康)を掲げますが、実際に話を聞いてみるとそこまで信念がない場合もある。皆がいいと言っているからという思慮の浅さは、時として凶器になります」
Q. 思考停止に陥らないよう気をつけるべき点は?
「白か黒か一刀両断する、わかりやすい結論には飛びつかないよう注意した方がいいでしょう。その多くは物事の表面だけをすくった浅いものです」
Q. それでも先鋭的な結論は、多くの人の支持を集めています。
「例えば、一線で活躍する科学者に自身の取り組む分野について尋ねると、グレーでわかりにくい答えが返ってきます。解明されていないことに挑んでいるのだから、そうした説明にならざるを得ないわけです。ですが、それでは大衆は納得しない。
『タイパ』(タイムパフォーマンス:時間効率)という言葉があるくらい、いまは誰もが早く"わかりたがる"時代です。そこで知識をかいつまんだ人が『それはこういうことですよ』と簡潔に説明すると、思わずひざを打ってしまう。ですが単純化されてしまった結論には、割り切ることのできない、本当に大切な部分が損なわれてしまっています」
Q. 単純化された結論は一度、疑った方がいいと。
「そこで、ネガティブな能力が大切になってきます。19世紀、英国の詩人ジョン・キーツが、理解できないものをそのまま受け止める『ネガティブ・ケイパビリティ』という概念を提唱しました。早急にわかろうとせずに踏みとどまり、迷い、沈思するこの力を『自分はネガティブだ』という人の多くが持っています。ですから『後ろ向き』は決して悪いことじゃありません。脳天気で内省がないよりは、ずっといい。
昔のお年寄りは『わからないから尊い』という言葉をよく口にしていました。それでいいんですよ」
【臨済宗妙心寺派本山塔頭・春光院 住職 川上全龍(かわかみ ぜんりゅう)】
米アリゾナ州立大学で宗教学を学んだ後、宮城県の瑞巌寺にて修行し、2007年より春光院副住職として、2022年からは同院の住職として、国内外の大学や企業、学会やイベント(イートン校、MIT、ブラウン大学、HBS、INSEAD、ボブソン大学、マインド&ライフインスティテュートのISCS 2016とIRI 2018、SXSW、TEDx、マイクロソフト社、トヨタ、陸上自衛隊他)などに坐禅と禅哲学やその他の東洋思想や観想法、また様々な文化や宗教におけるウェルビーイングの多様性に関する講義やワークショップを行う。また2008年からは米日財団の日米リーダーシッププログラムのフェローとしても活躍。慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科 KMD 研究員。著書に「世界中のトップエリートが集う禅の教室」(角川書店)。
(取材・文/森田浩明)