「ここでやれてたら、よその番組めちゃくちゃ楽だな」土田晃之、ロケ芸人卒業のきっかけ:あちこちオードリー

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不用意発言禁止! 裸のトークバラエティ「あちこちオードリー」(毎週水曜夜11時6分放送)。8月10日(水)の放送は、「長く売れている人と最近売れた人」土田晃之モグライダー(芝大輔ともしげ)が来店。芸歴30年、土田の2度のブレイクの理由とは?

ボキャブラブーム後、2度目のブレイクまでの苦悩

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20代前半でブレイクし、今年で芸歴30年。若手時代は「U-turn」としてコンビで活動していたが、今の若い世代の視聴者には"お笑いの人"との認識はなく、「コメンテーター」「家電に詳しいしゃべる人」と思われているという土田。自身も「若い頃は芸人という響きにものすごいプライドを持っていたんですけど、今はすっかり無いんでタレントって言ってます」とのこと。

ブレイクのきっかけは、1990年代に一世を風靡した「ボキャブラ天国」(フジテレビ系)。コンビで出演し一躍人気者になったが、ボキャブラが終了するとキー局のレギュラー番組も全て終了し、レギュラーは地方局の2番組だけになってしまう。

その頃、25歳で結婚した土田は、すでに二児の父だった。売れている時は「リポーターなんて5流芸能人がやる仕事」と思っていたが、生活のため「率先してマイク持ってロケ行ってた」と"ロケ芸人"に。生活のために何でもやろうと、「どんどんお笑いプライドが削がれていった」と振り返る。

事務所に入った時、副社長に言われた「誰でも2回チャンスがある。それを掴むか掴まないかは自分次第」との言葉が印象に。1回目のチャンスが「ボキャブラ天国」だったのだと気づいた土田は、「次来たチャンスを掴まなかったら俺終わる」と考えていたという。

「ボキャブラ天国」終了から4年後、土田が2度目のチャンスだと思ったのは「銭形金太郎」(テレビ朝日系)で夢あるビンボーさんの元を訪れるリポーター役だった。当時の土田といえば「死ね」など強めの言葉で笑いを取る芸風だったが、素人のビンボーさんと絡むにあたり、プロデューサーから「お前は体がデカいし顔が怖いから、強い言葉はダメだ」と言われてしまう。このチャンスを逃せば後がないと思った土田は、オープニングからとにかくニコニコ。そして、同じ言葉ながら「死ねばいいのに」「バカなのかなぁ?」などちょっとかわい目のニュアンスで言うというテクニックを編み出し、2度目のブレイクを果たした。

その後、話術を活かしスタジオで活躍するようになるが、ロケ芸人を卒業するまでは苦難の道のりがあったという。

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コンビ時代に「踊る!さんま御殿!!」(日本テレビ系)に出演した際は、トークのスピードの「速えぇ、何も見えねぇ」とついていけず、2時間の収録で1回しかしゃべれなかったという苦い思い出が。

そこから約5年間、同番組に呼ばれることはなかったが、コンビ解散後ピン芸人となった土田に再びオファーが。すると5年前より楽しくしゃべることができ、そこから3〜4ヶ月に1度呼ばれるように。他の番組と比べても断トツにスピードがある「さんま御殿」。「このスタジオでやれてたら、よその番組めちゃくちゃ楽だな」と感じるようになり、活躍の場が広がっていくことに。

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他にも若手時代に出演し衝撃を受けた番組が。笑福亭鶴瓶今田耕司東野幸治がMCを務めるトーク番組「いろもん」(日本テレビ系)にコンビで出演した際、今田と東野の速さについていけず、何もできなかった。「もうダメだな。この世界ではやれない」と、その後の記憶がないくらい落ち込み、気がついたら家のソファーで「明日のジョー」の最終回のように燃え尽きていたという。