ふりかけを愛するコスタリカ男性が、日本一のふりかけと伝統のちりめん山椒に感動:世界!ニッポン行きたい人応援団

公開: 更新: テレ東プラス

ニッポンに行きたくてたまらない外国人を世界で大捜索! ニッポン愛がスゴすぎる外国人をご招待する「世界!ニッポン行きたい人応援団」(月曜夜8時)。毎回ニッポンを愛する外国人たちの熱い想いを紹介し、感動を巻き起こしています。

今回は、「ニッポンにご招待したら人生変わっちゃった! スペシャル」をお送りします。

ニッポンの伝統工芸・竹細工の職人から技を学び、帰国後驚きの変化が!

紹介するのは、アメリカに住む、「竹細工」をこよなく愛するカリッサさん。

nipponikitai_20220418_01.jpg
竹細工は、竹を自在に編み込むニッポンの伝統工芸。その起源は古く、約4000年前の縄文時代の遺跡からも竹かごが出土しています。ニッポンに約600種類自生する竹は、わずか3ヵ月で15mになる成長スピードに加え、抗菌・防腐効果を併せ持つ資源。飯かごやザルなど、様々な日用品に活用されてきました。
近年は欧米を中心に、ニッポンの竹工芸家による作品が人気! 1点数百万円の値がつくことも。

ニッポンの竹を編む技術に憧れているカリッサさん。竹細工の編み込みには、薄く加工した竹ひごを使います。その厚さは1mm以下で、薄ければ薄いほど編みやすくなるそう。
竹ひごに使用する竹の表皮には繊維が密集しており、薄くしても折れにくいのですが......カリッサさんは「手を切ってしまいそうで」と、厚さ2mmほどにしかできません。

ニッポンの竹細工にまつわる本を参考に、独学で18年竹細工を学んできたカリッサさんですが、まだニッポンには一度も行ったことがありません。「ニッポンへ行って、職人さんがどうやって加工しているのか、編んでいるところを見たいです」。そんなカリッサさんを、ニッポンにご招待! 5年前、念願の初来日を果たしました。

向かったのは、竹細工の聖地・大分県別府市。大分は、竹細工の原料である真竹の生産量が日本一。江戸時代、温泉地として栄えた別府で浴衣入れなどに活用されたのが、地元名産の竹細工でした。その質の高さからお客さんが地元に持ち帰り、全国に人気が広まったのです。別府竹細工は、その高度な編み込み技術が評価され、経済産業大臣指定の伝統的工芸品に認定。県を代表する産業になっています。

nipponikitai_20220418_02.jpg
カリッサさんが行きたかったのは、竹工芸訓練センター。職人の育成を目的とした、ニッポンで唯一の竹細工専門学校です。展示室には見事な編み込みの手本がずらり! 別府竹細工は8つの編み込み技法が基本。組み合わせることでさまざまな編み方ができ、その数なんと200種類以上! 「もう何時間でも見ていたい気分」と夢中で見学します。

続いて、竹細工職人・森上仁さんの元へ向かいます。森上さんは、4代続く別府竹細工の職人で伝統工芸士。竹ひごを一定の間隔で交差させる、縄目編みを得意としています。2010年には、メトロポリタン美術館に現代作家として初めて収蔵されました。

ここで、森上さんから竹かご作りを教えていただくことに。材料を自分の手で作らなければならないため、竹を見に行きます。車で向かったのは、明治時代から続く竹の加工会社「永井製竹」。一時は別府に50ほどあった製竹会社も、現在はこちらの一社だけになったそう。

弾力性に富み、丈夫なため、多くの竹細工で使用される真竹。加工前のものが海外に出回ることはほとんどなく、カリッサさんも見るのは初めてです。

竹細工作りに欠かせないのは、油抜きという作業。竹は元々油分が多く、伐採した後そのままにしておくと、害虫に食われたり、腐敗が進んだりしてしまいます。
油抜きに使うのは、竹がすっぽりと入る8mの長い釜。竹を丸ごと入れ、90度のお湯で煮ること10分。竹の表面に浮き出た油を一本一本タオルで丁寧に拭き取ると、油と共に汚れが落ち、表面がつやつやに!

工房に戻り、早速竹かご作りを始めます。教えていただくのは、基本の編み方の1つ、丈夫さに定評がある網代編み。安土桃山時代に活躍した茶人・千利休が茶室を作った際、天井に網代編みを使ったことで、その技法が広まったと言われています。この編み方を覚えれば、四角模様が描ける「ます網代編み」や花柄が入った「花網代編み」など、様々な編み方に応用できます。

使う竹ひごは、厚さわずか0.3mm。その薄さに思わず「オーマイガー」の声が。カリッサさんがアメリカで作っていた竹ひごは厚さ2mmほどでしたが、なんとその6分の1以下まで薄くすることに。

nipponikitai_20220418_03.jpg
森上さんは、刃で切り込みを入れてから「胴わっぱ」を差し込み、竹を割きます。胴わっぱとは、刃と持ち手の間にある胴金のこと。竹細工職人用に作られた特注のもので、刃よりも胴わっぱの方が太いので、きれいに竹を割くことができるのです。
カリッサさんも胴わっぱを使って割いてみると......薄く割けました! 刃の部分を使わないので「手を切る心配がないですね」。竹を薄く割くためのコツを教えていただくことができました。

nipponikitai_20220418_04.jpg
翌日。カリッサさん念願の網代編みに挑戦します。縦に並べた竹ひごを横から3本おきにすくい、次にすくうのは3本、2本、1本。そして3本、1本、2本と3つのパターンを繰り返し、隙間なく編むことで丈夫に。側面はあえて隙間が空くように編み、遊びの部分を残すことで柔軟なかごになるそう。最後は森上さんに仕上げていただき、編み始めて4時間で完成しました。

nipponikitai_20220418_05.jpg
別れの時。森上さんからお土産にかごと箸をいただいたカリッサさんは、「親切に教えてもらったことは忘れません」と幸運の石のネックレスをプレゼント。森上さんから「これからも情熱を持って頑張ってください」と激励の言葉をいただきました。

続いて向かったのは、大阪。カリッサさんが尊敬している、竹工芸家の四代目・田辺竹雲斎さんの元へ向かいます。天皇陛下に初めて竹細工を献上した初代から始まり、約120年前から代々伝わる竹工芸を継承する田辺さん。海外でも個展を開き、高い評価を受けています。

家の中には、至るところに作品が飾られてあり、その中には、1925年のパリ万博で銅賞を受賞した初代の作品も。丁寧に油抜きされた竹細工は、100年を超えても、その姿をきれいに残すことができるのです。

ここで、田辺家に伝わる竹細工作りの奥義、竹の曲げを見せていただくことに。竹には、火にあてて高い温度で熱すると短時間で曲がり、冷めても元に戻らなくなる性質があります。田辺さんは、ろうそくの火を使って曲げる昔ながらの技を、代々受け継いでいるそう。

nipponikitai_20220418_06.jpg
アメリカでは自転車の車輪を利用し、ドライヤーをあてて曲げていたカリッサさん。火を使った方法に挑戦すると、竹が焦げてしまいました。「直接火にあてるなんて今まで知りませんでした」と、伝統の技の難しさに驚いた様子。

「工房にお招きいただいて本当にありがとうございました」。すると、田辺さんが使っているものと同じ竹割り包丁のプレゼントが! 「これを使っていただいて練習してもらえればと思います」との言葉に大感激!

あれから5年。アメリカのカリッサさんから、感謝のビデオレターが届きました。

帰国後は、たくさんの変化があったそう。自宅を土足禁止にしたり、ニッポンで感動した温水洗浄便座を設置したり......そして、竹細工にも大きな変化がありました。
ニッポンに行く前はアルバイトをして生計を立てていましたが、作品の販売を始めてから、竹細工だけを作る生活ができるようになったのです。

3年前には、初めての個展を開催。竹細工を使ったアート作品の展示に、オープニングだけで300人が訪れるほどの盛況ぶりだったそう。

nipponikitai_20220418_07.jpg
竹を薄く割いて雲の形を表現した作品は、森上さんの作品に大きな影響を受けて作ったもの。「森上さんの竹細工は、回転させることで全く違う印象を与えます。竹を薄く割けなかった私には表現できなかったことでした」。

帰国後、田辺さんにもらった竹割り包丁を使い、森上さんに習った竹を薄くする技術を練習し続けたカリッサさん。来日前は厚さ2mm程度に削るのが限界でしたが、練習を重ねた結果、0.45mmの薄さにできるように。

カリッサさんの竹細工は大きな評判を呼び、貝殻をモチーフにしたランプシェードは、なんと200万円の値が! 他にも180万円で壁掛けのオブジェが売れるなど、インターネットでの作品販売を中心に、生計を立てられるようになったそう。

最後にカリッサさんは、「これからは、私がアメリカで竹細工の技術を伝えていくことが皆さんへの恩返しになると思っています」と、お世話になった皆さんへメッセージを送りました。

カリッサさんをニッポンにご招待したら、作品が200万円で売れるほど人気の竹工芸アーティストになっていました!