秘境の大絶景を4Kで...小椋久美子が過酷な登山道に挑む!癒しの秘湯&グルメも:最後の秘境 黒部源流紀行

テレ東プラス

12月29日(水)夜9時からは「最後の秘境 黒部源流紀行」(BSテレ東)を放送!
"日本最後の秘境"と呼ばれる黒部川源流域。元女子バドミントン五輪代表・小椋久美子が、黒部川の河口から源流のさらに奥、"最初の一滴"を目指す。

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「旅人目線で絶景を捉える」4Kジンバルカメラに加え、「荒々しい岩肌と緑の自然美を際立たせる」高精細4K映像、「雄大な渓谷美をダイナミックに魅せる」4Kドローンも駆使。お茶の間にいながらにして"秘境の大絶景"を体感することができる。ナレーションを佐々木蔵之介が担当。

「テレ東プラス」では、特別に先取りで番組内容の一部を紹介する。

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北アルプスのほぼ中央、長野県と富山県の境にそびえる「鷲羽岳」が源とされる清流「黒部川」。その圧倒的な水の力を利用して作られた「黒部ダム」には、年間100万人もの観光客が訪れる。黒部川が運んだ大量の土砂は長い年月をかけ堆積し、広大な扇状地を作り出した。

いたる所に湧き出る水を地元の人々は「清水」と呼び、飲み水としてはもちろん、炊事や洗濯に至るまで大切に使われてきた。そんな黒部川の水が最後に行き着くのが、富山湾だ。森の有機物をたっぷり蓄えたその水はプランクトンを育み、豊かな海を支えている。

長い旅をしながら、山に、人に、海に恩恵をもたらす黒部川。しかし、開拓を試みる人々にとっては苦難を強いてきた川でもある。黒部川の"最初の一滴"は、どう姿を変え、人々に抗ってきたのか...。そして、どう人々に寄り添ってきたのか...。時に熱く、時に冷たく、暴れる黒部の水を辿る。

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流域の80%近くを山岳地帯が占める黒部川は、富山湾まで約85km、標高差約3000mを一気に駆け下りる日本屈指の急流河川。その激流が作り上げたのが、黒部ならではの深々とした谷だ。

今回、黒部川"最初の1滴"を探す旅に出るのは、元女子バドミントン五輪代表の小椋久美子。登山歴6年、これまで15座に登頂した彼女は、「山だけに目を向けるのではなく、大自然の恵みやそこに関わっている方々、全てに目を向けて旅をしたい」と語る。

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スタートの地は「宇奈月温泉」。黒部川源流まで71km、黒部峡谷への玄関口として知られている。まずは電気機関車が牽引するトロッコ列車に乗り、登山口がある終点「欅平駅」へ。窓がなく開放感あふれる普通客車、ゆったりとくつろげるリラックス客車などがあり、黒部登山への期待を高めてくれる。一般道がないため、登山に行く人にとってはこれが唯一の移動手段だ。

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黒部峡谷を縫うように走ること約20km、約1時間20分の絶景旅。観光列車として知られるトロッコ列車だが、元々は大正時代、発電所建設に伴う資材などを運ぶ専用鉄道として誕生。断崖絶壁を走る列車とあり、世間の話題になったものの、利用できる乗客はごく限られていた。しかも切符には、「安全の保証はしない」と記されるほど危険な道中だったという。

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欅平駅に到着。旅をサポートしてくれる"黒部の守り人"こと佐々木泉さんと落ち合う。30年近く黒部の山小屋を営む佐々木さんは、辺り一帯を知り尽くすまさに"生き字引"。そんな佐々木さんが、「今までの経験と全く違った目で見てもらわんと」と語るほど、険しいルートを行くことになる。
欅平登山口から佐々木さんが営む「阿曽原温泉小屋」までの約12kmは、ほぼ全ての道が切り立った断崖絶壁の上にあり、"先人たちの情熱の証と出会える道"と言われている。

朝6時半、いよいよ出発。いきなり目に飛び込んできたのは、「遭難事故多発」と注意喚起する看板。登山口の入り口から高低差400m近くある「シジミ坂」を一気に登る。

急な坂を登り続けること約1時間半。「水平歩道」の始点と呼ばれる場所が見えてきた。登りから解放されたのも束の間、黒部川を遙か下に望む断崖絶壁の道が続く。

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山の中腹に貫かれた1本の細い道が、「水平歩道」と呼ばれる真っすぐな登山道。約12kmの距離を、水平な溝のように道が通っている。

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大正6年、第一次世界大戦に伴う好景気に国中が沸く中、国策として工業化を推し進めた日本。それに伴う電力不足を解消するため、ダムや水力発電所の開発が急務だった。そこで選ばれた場所が、豊富な水量を誇る黒部の谷。秘境中の秘境と言われたこの山に資材などを運搬するため、今から約100年前に水平歩道の掘削を開始。それは気の遠くなるような作業だった。
100年前、想像を絶する過酷な場所に道を築いた先人たち。しかし、開発の名のもと、さらに先へ進もうとする人間を、黒部の山々は許そうとはしなかった。

昭和11年、いよいよ発電所とダムの建設工事に着工。資材を大量に輸送するため、「軌道トンネル」の掘削工事が行われた。しかし、作業は厳冬期にまで及び、作業員たちは雪崩被害に備え、厚さ1mのコンクリート壁で覆った宿舎に泊まり込み、夜を徹して掘削を行った。

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そんな中、昭和13年12月に悲劇が起きる。作業員宿舎が吹き飛び、75人が生死不明となったのだ。その原因は、「ホウ雪崩」と呼ばれる爆風を伴った大雪崩。予測とは桁違いの爆風を巻き起こしたホウ雪崩は、新幹線のスピードに匹敵するほどの衝撃力。凄まじい山の力が、人間目掛けて襲いかかってきた。

ホウ雪崩が直撃した宿舎は、1階部分だけを残し、約580m離れた対岸の岩壁まで吹き飛ばされた。当時、そんなことが起きたとは誰も想像出来ず、すぐさま建物があった辺りを捜索したものの、ほとんどの遺体を発見することができなかった。雪解けの頃になり、ようやく対岸の岩壁から多くの遺体を発見。黒部の山の威力に、人々は絶句した。

だが、侵入しようとする人間を拒み続けてきた黒部だからこそ、昔も今も変わらず守られてきた命がある。模様が鮮やかな大型の蝶・アサギマダラや、多年草のゴマナ、エゾリンドウ、夏の終わりには、登山道にニホンザルの群れが現れる。国の特別天然記念物・ニホンカモシカも、黒部ではよく見る存在だ。

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そして、黒部の生態系の頂点に立つのは、ツキノワグマ。山々には、彼らの大好物・ドングリが実るブナやミズナラが豊かに生い茂っている。

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小椋が登山道を進む中、突如目の前に現れたのは、ぽっかりと口を開けた穴。「ここはたくさんの雪が積もってしまうから、危なくて道を作ることが出来なかった。だからここにトンネルを掘って、沢の下をくぐって対岸に出るような形になっている」と佐々木さん。度重なる雪崩を避けて谷を渡るため、トンネルが掘られたのだ。岩肌に冷たい水が止め処なく走り、内部の温度は夏でも10℃ほど。用心しながら狭いトンネルを進む。

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黒部川の源流まで約50km。次第に高度感が増し、道も険しくなっていく。こちらは水平歩道で最も危険な場所「大太鼓」。突き出た岩壁が大きな太鼓を真横から見たように見えることから、その名がついたとされている。谷底までの深さは、なんと約300m。
さらに人々を震え上がらせるのは、岩盤をくり抜いて作られた道幅だ。狭い所では40cmほどの幅しかなく、さすがの小椋も足がすくむ。

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「昔から『黒部に怪我なし』と言われている。落っこちたら怪我ではすまんってこと」と佐々木さん。果たして、この大太鼓をくぐり抜けた者だけを迎えてくれる秘境の絶景とは?

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番組ではこのほか、「"癒しの秘湯"阿曽原温泉小屋と絶品カレー」「遭難事故発生!?命を守る黒部の守り人」「"奇跡の絶景"日電歩道と十字峡」「迫力の大放水!黒部ダム」「"古の1滴"と"最初の1滴"」「最後の秘境・黒部渓谷」などをお届け。秘境の大絶景が続々登場する。

12月29日(水)夜9時放送! 「最後の秘境 黒部源流紀行」(BSテレ東)をどうぞお楽しみに!