そうめんを愛するアメリカ人女性が”南関そうめん”作りを体験!「永遠にこの時間が続いて欲しいと思った...」:世界!ニッポン行きたい人応援団

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「奇跡の織物」といわれる大島紬の、緻密な職人技に感動!

続いて紹介するのは、アメリカに住む、藍染めを愛するナサニエルさん。

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ニッポンの夏の風物詩といえば、浴衣。中でも藍染めの浴衣は、鮮やかなブルーが涼しさを感じさせるだけでなく、抗菌や防臭効果、さらに紫外線を防ぐ効果もあり、夏に最適。
藍染めとは、タデアイという植物の葉からとった色素で染める草木染めの一つで、ニッポンでは1000年以上の歴史があり、江戸時代には広く愛用されていたそう。明治時代の開国後、イギリスの科学者がニッポンに溢れる藍染めの美しさに感銘を受け、「ジャパンブルー」と名付けたといいます。

小学生の頃、ニッポンの布の色合いや模様に感銘を受けたナサニエルさんは、20年以上も独学でニッポンの織物を勉強。一番ハマっているのが藍染めです。
庭で綿花を栽培し、日本製の綿繰り機で種を取り、糸車で糸にして中古の機織り機で布を織っているナサニエルさん。週末になると、自分で織った布に藍染めをしています。もちろん藍も自分で栽培。水に浸した布を藍染め用の液に入れ、空気に触れさせると......わずか10分で見事な藍色に! ニッポンには一度も行ったことはありませんが、独学で藍染めを習得しつつあります。

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そんなナサニエルさんが、今、最も興味を持っているのが大島紬。大島紬とは、鹿児島県の奄美大島に伝わる、1300年の歴史を誇るといわれる織物。「緻密な模様がどうやって作られているのか、この目で見てみたいのです」というナサニエルさんを、5年前、ニッポンにご招待!

向かったのは、奄美大島の北部・龍郷町にある「金井工芸」。この道41年、伝統工芸士の金井一人さんと、長男の志人さんがナサニエルさんを受け入れてくださいました。「金井工芸」は、昔ながらの手法で大島紬の染めを行う数少ない工房。大島紬の染めはかなりの力仕事で、7人いる職人さんはすべて男性です。そもそも大島紬は、およそ60もの製造工程があり、それぞれ専門の職人さんがいる分業制。一つ作るのに早くても半年、中には8年かかったものもあるそう。

早速、染めの工程を見せていただくことに。まずは車輪梅という染料で染めていきます。車輪梅は、奄美に自生するバラ科の樹木。樹齢30年以上の幹を山から切り出し、手作業で割っていきます。さらに機械で砕いてチップ状にしたら、およそ600キロの生木を大釜で2日間煮出し、5日間寝かせてようやく染料が完成。
この染料で染めていくのが、「絣むしろ」と呼ばれる絹糸の束。木綿糸で縛られた部分は染まらずに白く残り、光沢のある絹の部分が黒く染まるそう。ナサニエルさんは「糸を1本1本染めてから模様を織っていくんですか?」と、驚いた様子。

大島紬の柄はミリ単位の細かさ。まずは図案師と呼ばれる職人さんが、方眼紙のマス目を使って模様を描きます。図案が完成すると、方眼紙の縦の線を縦糸、横の線を横糸に見立てて、絹糸の染める部分と染めない部分を割り出し、染めない部分の細工を施す締機(しめばた)の工程に入ります。
締機は、専門の職人さんが図案にのっとり、絹糸の色をつけない部分に木綿糸をきつく縛りつけるというもの。この状態で染料につけると、木綿糸を締めた部分だけ染まらず、解くと1本の糸に白い模様ができるのです。これを織っていくと、縦糸と横糸の染まっていない部分が交差して模様ができますが、ほんのわずかなズレでも模様が崩れてしまうそう。専門の職人さんが寸分の狂いなく織り上げると、世界でも類を見ない緻密な模様の大島紬になり、最高級のものは3000万円以上になるのだとか。

大島紬でしか出せないといわれるのが、つややかで美しい黒。ナサニエルさんも作務衣に着替え、染めの工程を体験させていただきます。図案から締機まで2ヵ月もの手間がかかった絹糸に車輪梅の染料を揉み込み、天日干しで乾燥させる作業を繰り返すこと20回。絹糸が、真っ赤に染まりました。

そして向かったのは工房の裏手にある泥田。ここに車輪梅で染めた絹糸をつけていきます。この泥染こそ、1300年続く大島紬独特の技法。150万年前の地層からなる泥に含まれた鉄分と、車輪梅のタンニンが反応し、独特の美しい黒に染まります。染まり具合が悪いと感じたら、ソテツの葉を入れて鉄分を補給。「鉄が蘇る」の文字通り、昔から欠かせないものだったそう。揉んで叩いて糸の隙間に泥を入れていく泥染。染め残しがないよう、隙間までまんべんなく染み込ませるのが職人の技。そうすることで、糸一本一本に泥がコーティングされ、太く丈夫になるのです。

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炎天下の中、泥染を続けたナサニエルさんに、「ここまでやってもらえて嬉しい」と志人さん。この車輪梅染20回と泥染1回の工程を全部で4セット、約2週間で合計80回以上染めて、ようやく大島紬にしか出せない漆黒の糸が完成します。

休憩の時間、ナサニエルさんが「大島紬には数年後になくなってしまう技術もあると聞きましたが」と質問すると、今は若い人が少なく後継者がいないという一人さん。そんな中「金井工芸」では、志人さんを始め、地元の若い職人さんが伝統を守ろうと頑張っています。

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休憩後は、近くの川で不純物を洗い流します。絹糸を染めたのはすべて島の素材。川で洗って自然に還すのが昔からのやり方です。30分以上もみ洗いし、泥染が終わった絹糸は次の職人さんの元へ。絹糸を縛っていた木綿糸の一部をほどき、図案に基づいて色をつける摺り込み染を行ったら、残りの木綿糸もすべて解き、ようやく糸が出来上がります。

この日の夜、金井さん親子のご自宅で、ナサニエルさんの歓迎会が開かれました。食卓には、お祝いや大晦日に食べる豚のあばら肉の黒糖焼酎煮や鶏飯など、奄美の郷土料理が並びます。乾杯は、夏の定番!黒糖焼酎のパッションフルーツ割り。「とても美味しいです! こんなに香りが良いお酒に出会ったことがありません」。料理とお酒を楽しんでいると、島唄歌手の楠田莉子さんが登場し、みんなで踊って、大いに盛り上がりました。

別れの時。「大島紬の作業の大変さとその伝統を守り抜く皆さんの姿に感動しました」と伝えると、一人さんは「うちで作ったジャケットなんですけど」と、藍泥染のジャケットをプレゼント! 大喜びのナサニエルさんは、皆さんとの再会を約束しました。

あれから5年。「金井工芸」の皆さんとナサニエルさんの遠く離れた絆を、もう一度中継で結びました!

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ナサニエルさんは、帰国後、染め物に一層熱が入り、型染も始めていました。型染とは、型紙の切り抜いた部分に染料を刷り込む伝統的技法。鶴と亀をデザインした作品を見た一人さんは、「すごいねこれ!」と感心。ネットショップで販売したものは、全て完売したそう。「私のゴールは織物職人になることです」。今後はもっと技術を学び、人にも教えたいと話します。「絶対できますよ。奄美で待っています」と金井さん親子に激励され、「絶対に行きます!」と意気込みを見せました。

ナサニエルさんをニッポンにご招待したら、藍染めの技術をさらに進化させ、職人になることを夢見て作品作りに邁進していました!

細さはなんと0.2mm! 10年熟成させた、究極の白髪そうめんの味とは?

続いて紹介するのは、アメリカに住む、そうめんを愛するミランダさん。

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夏の風物詩、そうめんは、およそ1200年の歴史を持つ、ニッポン最古の麺。鎌倉時代に麺を細く長く延ばす技法が取り入れられ、現在の形が確立されたといいます。
そうめんの源流ともいわれるのが、奈良県の三輪そうめん。主な名産地が西日本に多いのには歴史的な理由が。江戸時代、伊勢神宮を参拝するお伊勢参りが人気だった頃、西日本の人々が奈良県を通る際に食べた三輪そうめんに魅了され、麺を延ばす技術を故郷に持ち帰ったといわれています。

うどんや冷麦も原料はそうめんと同じ小麦粉ですが、その違いを分けているのは麺の太さ。農林水産省の規格によって分類されており、そうめんの太さは1.3mm未満という基準がありますが、一流の職人が手で延ばしたものは、なんと太さが0.3mm以下のものも! 細いほど舌触りと喉越しが良いため、高級品になるといいます。

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ミランダさんは、ニッポンに一度も行ったことはありませんが、そうめん愛は日増しに強くなり、自作に挑戦! 強いコシを生むために生地を素早く踏み、パスタを乾燥させる道具で麺を延ばします。しかし、どうしてもうどんのような太さになってしまうそう。「どうすればあんなに細い麺が生まれるのか、ニッポンでどうしても勉強したいんです」というミランダさんを、4年前、ニッポンにご招待!

向かったのは、熊本県南関町にある「猿渡製麺所」。この地で江戸時代からおよそ250年、南関そうめんを作り続けています。南関町の特産品・南関そうめんは、およそ300年の歴史を持ち、その細さゆえの美味しさから、徳川将軍家や明治天皇にも献上された逸品。
「猿渡製麺所」の9代目にして唯一の女性職人・井形朝香さんが専門に作っているのは、白髪そうめん。そうめんの太さの基準は1.3ミリ未満ですが、白髪そうめんはおよそ0.2mm。1本ずつ手作業でこねていくため、驚くほどのコシがあり、茹でてから2日経っても、ほとんど伸びないそう。

早速、作り方を見せていただきます。原料は塩と水、小麦粉。塩には吸水性があり、乾燥してもひび割れを防ぎ、つるりとした麺になるのです。
生地を1時間しっかりこね、極限まで粘りを与えてから2時間寝かせ、厚みを揃えながら直径1mほどに広げます。小刀で渦巻き状に5cm幅の切れ込みを入れて延ばしますが、その作業は「すごい技術です」と驚くほどハイスピード。コヨリを作るように、右手でよりをかけながら左手で延ばす...これこそ抜群のコシを生む職人技なのです。
そもそもコシとは、小麦粉に含まれる粘りと弾力を持つグルテンによるもの。絶え間なく手でこねながら延ばすことで麺を鍛え、グルテンを形成するそう。これを、小指ほどの太さになるまで繰り返します。

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ミランダさんも挑戦しますが、なかなか太さが均一になりません。朝香さんのような手つきになるには最低1年はかかりますが、最後は何とか形になり、「よくできました!」と褒めていただきました。

一晩寝かし、グルテンの形成を促したら、専用の道具に麺を8の字型にかけ、よりをかけながら延ばしていきます。手の感覚だけを頼りに、細い所は弱く、太い所は強くこね、太さを均等にするのですが......ミランダさんは苦戦し、途中で切れてしまいます。この動きの習得には3年かかるそうですが、次第に太さが揃うように。
この後は2時間ほど寝かせ、さらに細くして2時間寝かす作業を2度繰り返せば、麺のコシは最高の状態。太さが1cmほどになったところで、外で延ばしていきます。

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2本の竹の棒で、まずは麺を縦方向に延ばし、続いて上から撫でるように横方向へ。乾いてしまうと麺が固くなるので、1分以内に1.5mから4mまで引き延ばさなければなりません。限られた時間で0.2mmまで細くできるのは、朝香さんだけだといいます。
「夢にまで見た、延ばしの作業が見られたなんて......本当に感激です」。こうして30分ほど乾かし、白髪そうめんが完成! そうめん作りの大変さを肌で感じたミランダさんを、朝香さんは「一生懸命覚えようという気持ちが本当に嬉しかった、ありがとう!」と労います。

その夜、朝香さんがミランダさんのために夕飯を用意してくださいました。里芋、ごぼう、豚肉などをじっくり煮込んだ味噌汁に団子を入れていただく「だご汁」や馬刺しなど、熊本の郷土料理が並びます。料理を堪能し、ご家族の皆さんと楽しい時間を過ごしたミランダさん。ここでハプニングが! 実は、ミランダさんのために朝香さんが煮麺を作っておいたのですが、帰宅したご家族が知らずに食べてしまったそう。これにはミランダさんも大爆笑でした。

翌日、朝香さんからサプライズが! 見せてくださったのは、10年以上寝かせたそうめん。寝かせるほどコシのもとであるグルテンが形成され、美味しくなるそうめんですが、10年ものはほぼ現存しないといいます。10年前に朝香さんが作り、熟成させた白髪そうめん。最後の15把を食べさせてくださるというのです。このサプライズに、ミランダさんはびっくり!

通常のそうめんの茹で時間は1分半から2分が目安ですが、白髪そうめんは30秒でOK。小麦の風味が失われないよう、氷水ではなく水を張った桶に入れます。10年ものの白髪そうめんを口にして、「おいしい! 信じられない食感で、そうめんじゃないみたいです」とミランダさん。10年ものを初めて食べる朝香さんも、「全然違う!」と驚いた様子。熟成が進んで余計な油や水分が抜け、究極の食感になった白髪そうめんを、ミランダさんは「人生で最高のそうめんでした!」と絶賛しました。

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別れの時。「朝香さんが祖母と重なって、別れるのがすごくつらいです」というミランダさんの目に、涙が......。「はるばる一人でニッポンに来て、お話を聞いた時に感動しました。私も楽しかった!」と朝香さん。最後は、ミランダさんが日本語で書いた感謝の色紙をプレゼント。朝香さんとしっかりハグを交わしました。

あれから4年。「猿渡製麺所」を訪ねると、出迎えてくださったのは朝香さんの孫・師富慶太朗さん。実は、朝香さんは昨年10月に85歳で他界し、慶太朗さんが跡を継いだのです。放送後に注文が殺到し、捌ききれない様子を見て、そうめんの味を絶やしてはいけないと決意したそう。そんな慶太朗さんには、忘れられない朝香さんの言葉があります。
「そうめんの声を聞かんといけんよ。なんでそんなにそうめんが切れると思う? それはそうめんが嫌といってるのを、無理やり延ばそうとしてるから切れるんやけん。きちんと声ば聞いて延ばしていかんといけん」

慶太朗さん、朝香さんの教えを胸に、これからも頑張ってください!

一方、ミランダさんは、現在PCR検査の技師として多忙な日々を送っているそう。朝香さんの訃報を聞いたミランダさんからメールが届きました。
「突然訪ねてきた私を受け入れてくれてありがとうございました。そうめん作りの高い技術と情熱に、私は尊敬の念を抱きました。朝香さんと過ごすうちに祖母といるような居心地の良さを感じ始め、この時間が永遠に続いて欲しいと思っていました。親切にしてくださりありがとうございました。あなたに会えて本当によかったです」

ミランダさんは、新型コロナが落ち着いたら来日し、朝香さんのお墓参りをしたいそうです。

8月16日(月)夜6時25分の「世界!ニッポン行きたい人応援団」は、"遠く離れた絆をもう一度SP"を放送!

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そして、帰国後の近況報告がビデオレターで届く!

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昨年出産に立ち会うため修業途中で緊急帰国。コロナ禍で再来日できないまま1年以上...。
今回はお世話になった熊本県荒尾市の"ふくやまベーカリー"から"逆"ビデオレターを届ける! そこには福山さんからの"思いもよらない"言葉が...!

どうぞお楽しみに!