「つぶあん」と「小倉あん」の違い、知ってますか?

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一見似ている「つぶあん」と「小倉あん」。実はこの2つ、原料となる小豆に違いがあります。それぞれの意外な誕生の歴史を紐解きながら、つぶあんと小倉あんの違いをご紹介します!

つぶあんは元々「甘くない」食べ物だった

つぶあんが生まれたのは、今から1400年ほど前の飛鳥時代。僧侶たちが肉を食べない代わりに「煮た小豆」を食べたのがつぶあんの始まりです。

当初のつぶあんには砂糖が入っておらず、ごはんのおかずとして食べられていました。

元々は甘くなくごはんのおかずだったつぶあん元々は甘くなくごはんのおかずだったつぶあん

 

「甘いつぶあん」は平安時代に誕生!

元々はおかずだったつぶあんですが、それに砂糖を加えて、お菓子とした“甘いつぶあん”が平安時代の京都で誕生しました。作り出したのは、天皇御用達のお菓子屋さんで働いていた「和三郎」という人物。

天皇御用達のお菓子屋さんで働いていた「和三郎」天皇御用達のお菓子屋さんで働いていた「和三郎」

平安時代には天皇に地域の名産品を献上する習わしがあり、和三郎は「甘いつぶあんを献上品にしよう」と思い立ちます。
しかし、小豆は煮ているうちに豆がつぶれてしまって見た目が悪く、味も不十分であることに悩んでいました。

「小倉あん」は空海が持ち込んだ小豆から誕生!

そんなときに和三郎が手に入れたのは、普通の小豆より一回りも二回りも大きな小豆。弘法大師こと空海が唐(当時の中国)から持ち帰ったものでした。

普通の小豆は煮ると皮が破けてしまいますが、大きな小豆は“煮ても皮が破れにくい”という特徴があり、見栄えや食感の良いおいしいつぶあんを作ることができました。

普通の小豆と唐から持ち帰った小豆普通の小豆と唐から持ち帰った小豆

さらに、“煮ても皮が破れない”という特徴は、切腹を連想させないため、切腹の習慣がない公家の役職名である「大納言」にちなんで「大納言小豆」と命名されました。

和三郎は、地元・京都にある小倉山の近くで大納言を栽培。大納言から作った甘いつぶあんを「小倉あん」と名付け、天皇へ献上します。

大納言から作った甘いつぶあんを「小倉あん」と名付けた大納言から作った甘いつぶあんを「小倉あん」と名付けた

つぶあんは普通の小豆から作られ、小倉あんは小倉山の近くで栽培された大納言小豆から作られていたという「豆の違い」に、それぞれの違いはあったのですね。

“経済的な理由”から小倉あんは変化

小倉あんの原料は元々、大納言小豆でした。
しかし江戸時代になると、大納言小豆は高価だったことから普通の小豆で作った「こしあん」に少しだけ大納言小豆の甘みを混ぜたものを、小倉あんとして出す和菓子屋さんが現れるようになります。

普通の小豆で作った「こしあん」に少しだけ大納言小豆の甘みを混ぜた「小倉あん」普通の小豆で作った「こしあん」に少しだけ大納言小豆の甘みを混ぜた「小倉あん」

そして今もその名残で、“普通のこしあんに少し大納言小豆を混ぜたもの”を小倉あんと呼んでいます。

つぶあんと小倉あんの違いは、その生い立ちと使われている豆の違いにありました。2つのあんの違いに、このような歴史があったとは驚きです!

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