『THE TIME,』プロデューサーTBS谷澤美和に聞く、制作現場で働く女性のリアル

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2023年10月より、安住紳一郎アナウンサーが総合司会を務める、TBSの朝の情報番組『THE TIME,』がブラッシュアップされました。チームを指揮するのは、バラエティや情報の現場を20年以上経験してきた谷澤美和情報一部長。『THE TIME,』のブラッシュアップの意図や、2人の息子さんを育てながら制作現場で働く実情をお聞きしました。

『THE TIME,』は放送3年目でブラッシュアップへ

一放送3年目を迎えた『THE TIME,』がブラッシュアップされましたが、どんな意図があるのでしょうか。

谷澤 約1年かけて番組のマーケティング調査をしてきた結果、有難いことに、視聴率が上がってきている系列局もあったり『THE TIME,』が好き!と言ってくださるファンの方も増えてきているので…安住さんとも、しっかり相談をしながら、”良いところはそのまま残し、見直すべき所は改善する”ことにしました。これまでの2年の積み重ねも大切なので、リニューアルではなく、あえてブラッシュアップと言っています。あまりに、私が”ブラッシュアップ”と言うので、時々「リニュ…あ!すみません…ブラッシュアップの件ですが…」と言い直すスタッフがいて、逆に言い過ぎたかな…と反省してます(笑)。最近、安住さんがラジオで「リニューアル…ブラッシュアップ…話」を愚痴っていますが、新手の宣伝手法だと思っています。気にかけてもらえて、むしろ有難いです。

一具体的にどんな変化がありますか?

谷澤 セットの変更やテロップ、CGの見直しなどです。1番のこだわりは、時計を見やすくしたこと。以前の時計は秒針も入っていて、すごくスタイリッシュで好きだったのですが、他局と比べると一番小さかったんです。朝の番組は朝食をとりながらとか、お弁当を作りながら見ている人が多いので、ちょっと離れた場所で、どんな角度から見ても、わかりやすいように、大きなデジタル時計にしてみました。そして、今回も秒数をデジタルでいれてみました。

一番組内容にも変更はありますか?

谷澤 6時台は『網羅感』を大切に設計しました。『THE TIME,』を見れば、ニュース、スポーツ、生活情報、SNSでの話題、新聞、天気…さまざまな情報をテンポよく知ることができた!と思ってもらえるように、構成や画面の見せ方などを変えました。7時半以降は、安住さんらしさがもっと出る新企画を立ち上げました。一方、JNN系列の中継や7時のシマエナガダンス、『ラヴィット!』の川島明さんとのクロストークなどは継続しています。

一番組にはどんな思いを込めていますか?

谷澤 この2年で感じることは『何もない日はない…』ということです。大なり小なり、毎日さまざまな事が起きます。極端な話、人が生まれたり、亡くなったり、事件に巻き込まれたり…。そんな日常の中に、この番組はあります。正直、「シマエナガの歌」の歌詞にありますが、みなさんの「今日も、いい日になるように…」という祈るような気持ちで毎日放送しています。

番組立ち上げの時から、スタッフには、『明るく、楽しく、仲良く』と、お願いしています。朝の番組は、徹夜をするなど昼夜逆転生活を余儀なくされますが、少しでも楽しいと思える職場環境にしたいと思っています。何があっても”ユーモアが1番大事”と安住さんからは、教えられました。

TBS谷澤美和TBS谷澤美和

秘書部からバラエティ制作へ!転機になった『ここヘン』の収録

一谷澤さんはなぜテレビ業界を志望したのですか?

谷澤 小さい頃からテレビが大好きで、絵に描いたようなミーハー生活を送っていました。あと、なぜか仕切ることも大好きで、きっと迷惑な子どもだったと思います。いつか自分もテレビの世界で仕事をしようと高校時代には決めていました。大学もテレビ局に比較的強いという学校を選び、フジテレビのゴルフ中継のバイトをするなど、テレビ局に入るためにやってきたことが多かったと思います。ただ、昔から狭き門で…「運と縁」だなと思っていました。

実は、一度、TBSの最終面接で落ちているんです。不合格の電話が来たとき、「これからもTBSのいちファンとして見続けます」と言って号泣して電話を切りました。それから、1ヶ月が経った頃…突然、人事の人から電話が掛かってきて「あなたを違う角度からみたら、なんかいい気がして…もう一度、面接に来ませんか?」と言われ、採用されました。もう地獄から天国です。そのとき、「会社のために何でもします」とテレビの神様に誓いました。

一それで、TBS入社当初の配属先は?

谷澤 入社から約2年は秘書部にいました。制作現場を志望していたので、最初は驚きましたが「会社のために何でもします」と誓った身なので、すぐに気持ちを切り替えて、秘書検定の勉強を始めました。秘書部の先輩方から教わることも多く、社会人としての基礎を全て教えていただけたのは、本当に感謝しています。例えば、お礼状の書き方やスケジュール管理など、制作現場に異動してからも大いに役に立っています。当時、私は慶弔担当でしたが、いまだに冠婚葬祭には敏感です。

最近は「配属ガチャ」という言葉を耳にしますが、22歳くらいでは何が合っているか自分では分からないもので、置かれた場所で頑張ることが大切だと思います。

一バラエティ制作に異動した当初はいかがでしたか?

谷澤 秘書部にいた頃から「制作に異動したい」と言い続けていて、上司には「石の上にも3年」と言われていましたが、2年も経たないうちに、第1希望の『王様のブランチ』へ異動しました。現場では、下っ端のADなのに、やたら部長や局長さんなどから優しくされるという好待遇を受けました。秘書部出身で、すぐに何かをチクると思われたんでしょうね(笑)。

それから、半年も経たずに、『ここがヘンだよ日本人』のチーフADになりました。ここで私のTBS人生は変わった気がします。番組では、クセの強い外国人50人が毎回テーマに沿った日本人と激論してました。借金をしている人50人、ふくよかな人50人、整形した人50人…無茶苦茶でした。リサーチ会社にお願いしても人が集まらないから、自分たちで街に出てスカウトしていました。番組は人気でしたが、過激すぎて放送中に苦情電話が200件ぐらいきてました。隔週で収録して、徹夜で編集して、放送して、200件の苦情電話を受けて、また収録して…でも、不思議といい思い出です。

一大変でしたね。一番の思い出は何ですか?

谷澤 ある日、『ここヘン』の収録でフランス人の方が暴れたことがあって、ドイツ人の方に殴りかかりに来たところを、フロアで羽交い絞めにして止めたんです。異動した当初は「秘書部出身の人」という感じで見られていましたが、この日を境に「この子は、バラエティだな」と思ってもらえた気がします。この様子は、結婚式のVTRでも使われました。

一安住さんとは、どのくらい仕事をしていますか?

谷澤 その後、『うたばん』のディレクターや、『中居正広の金曜日のスマたちへ』『ぴったんこカン・カン』などの立ち上げを担当し、バラエティの現場には22年近くいました。そのうち、安住さんとは20年以上一緒に仕事をしています。時々ケンカもしますけど、尊敬する先輩であり、兄であり、時に息子みたいな…不思議な存在です。

一番組作りで何が一番大変でしたか?

谷澤 寝れないことも大変でしたけど、私にとって一番辛いのは、視聴率が悪いことです。『ぴったんこカン・カン』が30分番組として始まったものの、視聴率が悪くて番組が終わりそうだった頃が一番苦しかったです。視聴率を上げるためにいろいろな施策を試して…。次のステップにいければいいけど、終わってしまうこともあります。バラエティ番組が終わるということは会社倒産と同じで、一緒にやってきたスタッフも職を失ってしまうことになるので、なるべくそうならないように、できる限りのことをしようと思いました。今も『THE TIME,』が、持続可能な番組になるように、将来を見据えて意識的に作るようにしています。

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■詳細:
TBS INNOVATION LAND 記事にて

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