「ちょっとした加減で変わってくるもんだよ。珈琲の味も、人間も」と、光石研演じるホームレスのたこは、青山に言った。中村倫也演じる青山一という人間もまたそうなのだろう。月曜深夜の癒しのドラマ『珈琲いかがでしょう』は、荻上直子、森義隆、そして6話を担当した映画『ケンとカズ』の小路紘史と、個性の異なる監督たちの手によって、少しずつ色を変えていき、今ではバイオレンスと人情噺と人生哲学が入り混じる、驚異の作品に変貌しつつある。
そして、最も驚くべきは中村倫也である。一体いくつの顔を見せてくれるのだろう。悩める人々の心に寄り添ってきた優しい珈琲屋は、かつては依頼者がいらないと判断した「放るもん」を片づける、血生臭い「清掃業」をしていた男だった。
珈琲を淹れる穏やかな表情、客の窮地で見せる「人を殺したことのある目」、スナックで見せた「ゆるふわ珈琲王子キャラ」、過去を知る人々の前で見せるドライな口調。そして、躊躇なく人を殴りつけていた、「常軌を逸した真っ黒な目」をした金髪時代の青山の姿。
さすがにもう知り尽くしたと思ったところで描かれた、たこの淹れる珈琲に出会った頃の回想である6話の青山は、またしても今まで見たことのない顔をしていた。現在の青山が垣根(夏帆)に語る過去では、彼が初めて誰かに「大切に思われる」ことを知る。それを素直に受け入れることができずすれ違ったまま、その人の死を経験し、切なげに川辺に佇む彼の顔は、少年のようにあどけなかった。
そして、珈琲の味がわからないぺい(磯村勇斗)の頭を軽くはたく姿や、たこの前で見せる素直で純粋な言動の数々から、掴みどころのない青山という人物の本質がようやく見えてきたような気がした。
人もまた、「ちょっとした加減で変わって」見えるものなのだ。彼がこれまで見せてきた様々な顔全てが、偽りのない彼自身だった。少し見方を変えるだけで、世界はまるで違って見える。このドラマはいつも、そのことを教えてくれる。
たこが青山に教えた「珈琲を美味しく淹れる」方法は、私たちの日常にも通じる「人生を豊かにするヒント」でもあった。釣りで「のんびり穏やかなひと時」を楽しむこと、空腹を満たすためではなく、味わって食べること。それらは「幸せ」を感じることであり、自分や誰かを大切に思うことなのだ。それらを生活に取り入れていった青山は、それまで見えなかったものが見えるようになっていく。
だがそれは、これまで成り立っていた彼の日常をままならなくさせる行為でもあった。彼は、今まで思いもよらなかった「現状から抜け出したい」という願望を抱くようになり、無心にならなければやっていけない「清掃業」において、自分のやっていることに疑念を抱くようになる。命令を遂行するロボットに過ぎなかった彼は、人の心を得たのである。
4話において青山は、かつての彼ならあり得ないお節介な行動をゴンザ(一ノ瀬ワタル)に指摘され「関わっても関わらなくても同じなんだったら、関わっていた方がいいんじゃねえかと思うようになっただけだ」と答えていた。これまで「ほるもん(放るもん)」と信じて疑わなかったものが、本当に放る(捨てる)べきものに見えなくなった青山は、「ゴミでも丁寧に磨けばたいていのもんがなんとかなる」が信条の、たこに拾われ、磨かれることで変わり、そして、たこのように、人生に躓いた人の心を「拾う」側の人間になったのだろう。
だから青山は、たこの夢でもあった移動珈琲屋の店主となり、彼の遺骨を彼の愛していた妻と同じ墓に入れるというゴールに向かって、ひた走っていたのであった。
次回以降の展開の鍵を握ることになるであろう新たな登場人物、宮世琉弥演じるぼっちゃんの登場も鮮烈だった。軽やかな狂気を漂わせる彼は一体何者なのか。そして、見るからに痛々しいぺいが心配でならないので、月曜日よ、早くきてくれ。
(文・藤原奈緒/イラスト・まつもとりえこ)
【第7話(5月17日[月]放送)あらすじ】
「ぼっちゃん珈琲」
青山一(中村倫也)は、ようやくたこ(光石研)の親戚宅の前にたどり着くが、あと一歩のところでぼっちゃん(宮世琉弥)に拘束されてしまう。ワゴン車に連れ込まれ、夕張(鶴見辰吾)の運転でどこかへ移動中、ぼっちゃんは青山が面倒を見てくれた幼い頃のことを振り返り始める。
当時10歳だったぼっちゃん(長野蒼大)の面倒を見ることになった青山は、ぼっちゃんが学校でいじめられていることに気づく。給食に出てくるコーヒー牛乳もいつも取り上げられてしまい、一度も飲んだことがないという。父親がヤクザの二代目(内田朝陽)であることを武器にすればと助言するが、ぼっちゃんはヤクザが大嫌いだと一蹴。自分の力でクラスの底辺から脱出するため、いつかコーヒー牛乳を飲むため、毎日苦手な逆上がりの自主練をしていた。そんなぼっちゃんの覚悟を知った青山は、逆上がりの練習に付き合うように。さらに組の抗争によって連れ去られそうになった時には颯爽と救い出し、眠れない夜にはコンデンスミルクをたっぷり入れたコーヒー牛乳で喜ばせた。次第にぼっちゃんにとって、二代目がかまってくれない寂しさを埋めてくれる青山が、強くてかっこいいキャラクター"とらモン"のような存在となっていく。「ずっとそばにいる」という約束も交わすが、その直後、約束を裏切る出来事が起きる――。
◆番組情報
『珈琲いかがでしょう』
毎週月曜23:06よりテレビ東京系にて放送
出演:中村倫也 夏帆 磯村勇斗 ほか
地上波放送後に動画配信サービス「Paravi」では本編見逃し配信のほかに、Paraviオリジナルストーリー「珈琲"もう一杯"いかがでしょう」を独占配信中
【公式HP】https://www.tv-tokyo.co.jp/coffee_ikaga/
【公式Twitter】@tx_coffee
【公式Instagram】@tx_coffee_ikaga
(C)「珈琲いかがでしょう」製作委員会