美登里(草刈民代)は、娘の前で泣いたことのない母親だった。家事の苦手な美登里が、娘の前で完璧であるためにできる精一杯の意地。それが、"泣かない"ということだったとしたら。かけっこでゴールの前で転んでも、絶対家に帰るまでは泣かなかった唯(趣里)は間違いなく母親似なんだろう。ふたりは、母娘なんだろう。
『私の家政夫ナギサさん』(TBS系/毎週火曜22:00〜)第5話は、そんな家族のつながりをしみじみと感じさせてくれる回だった。
美登里と、メイと、唯と。3人いるから生まれた"家庭の味"
きっかけは、相原家オリジナルの煮込みハンバーグだった。料理が苦手な美登里はいつも味付けで失敗ばかりしていた。このハンバーグもそう。幼いメイ(多部未華子)と唯が子どもなりに調味料を振りかけたら、とってもおいしいハンバーグになった。ひとりではつくれない。美登里と、メイと、唯と。3人いるから生まれた"家庭の味"だ。
その味を久しぶりに噛みしめ、美登里の目からぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。そして、頑なに認めなかった唯の生き方を受け止める覚悟を決めた。大事にすべきは意地よりも、一緒に過ごした時間だから。もう食べられないと思っていた煮込みハンバーグを数年ぶりに口にしたことで、やっと美登里はキツく縛った心のロープをほどけた。
メイには参った。そう言えたのも、美登里自身の心が軽くなった証拠。やっと美登里は完璧じゃない自分を許せるようになった。母親だからって常に娘より上にいなくちゃいけないという刷り込みを捨てることができた。ふたりがいなくちゃ、ハンバークの味も再現できない自分だけど、そんな自分でもいいんだと。むしろ自分がつくれないからこそ、娘にお願いができる。あのハンバーグが食べたい、と。他人に完璧を求めないための最初の一歩は、自分が完璧ではないことを認めることなんだと、美登里を見ていて感じた。
『私の家政夫ナギサさん』は、そんなふうに観ている人の心をほんの少し楽にしてくれるドラマだ。
一片の悔いもない人生なんて歩まなくてもいいんじゃないだろうか
今回、繰り返し語られていたのは「自分ひとりでは何もできない」というメッセージだった。煮込みハンバーグの他にも、「作戦成功ですね」と喜ぶナギサさん(大森南朋)に、メイは「きっと私ひとりだけの力じゃ、こんな家族の光景見られなかったから」と感謝し、美登里はずっとしまっていた穴のあいた唯のセーターを「私には直せないけど、ももちゃんにぴったりだと思って、捨てないでとっておいたのよ」と唯に渡した。
また、家族の和解のきっかけとなったお祝いムービーをつくってくれたのは部下の瀬川くん(眞栄田郷敦)で、こんなところからもメイが困ったときにちゃんと人にアウトソーシングできるようになったことが見て取れた。何でもひとりで抱え込んで眉間にシワをつくりっぱなしだった第1話の頃に比べ、ずっと人なつっこく笑えるようになったメイを、多部未華子はとてもチャーミングに演じていたと思う。
チャーミングと言えば、メイとナギサさんのやりとりが回を重ねるごとにどんどん愛らしくなっている。広い部屋にふたりだけなのになぜかこそこそと耳打ちをしたり。美登里と唯の仲直り作戦が無事に成功し、両手でグータッチしたり。いつの間にかすっかり距離の縮まったメイとナギサさんのほのぼのとした空気に何度もほっこりさせられた。
ナギサさんはもともとは優秀なMRで、どうやら部下に何かしらのトラブルがあったらしい。ナギサさんの素性をやたら気にするメイの気持ちははたして恋なのか。田所さん(瀬戸康史)との恋のトライアングルは次回以降に持ち越しのようなので、この進展は引き続き慎重に見守っていきたいところ。
そして、ドラマ全体に貫かれているメッセージもはっきりと見えてきた。象徴的だったのが、メイと美登里の会話だ。
子どもの頃、運動会で1等が獲れずに泣いた理由を「お母さんをガッカリさせちゃうと思ったから」と説明するメイに、美登里は「バカね。そんなことでガッカリしないわよ」と答えた。あれはきっと強がりでも言い逃れでもない、母としての本心だろう。なんだかんだ言っても、親からすれば子どもが元気でいてくれさえすれば、結果なんて二の次なのだ。
けれど、メイはそんな母親の期待をずっと重圧に感じていた。「呪い」だとすら思っていた。でも、蓋を開けてみれば自分がそう感じていただけで、「呪い」なんてどこにもなかったのだ。少なくともメイが「呪い」に感じていたものは、ただの「すれ違い」だった。親は子を思い、子は親を思う。でも、あまりに身近な関係だからこそ、ちゃんと言葉にして確かめることができなくて、つい空気で察して、理解したような気持ちになる。
そんなディスコミュニケーションが、私たちの人生を息苦しくさせている重しだとしたら。「呪い」なんて本当はまやかしで、私たちが蓋だと思っているものを開けてみたら、意外と空はずっと高くて、風は心地よくて、空気はとってもおいしいんじゃないだろうか。
そして、繰り返し何度も登場している「我が生涯に一片の悔いなし」というフレーズだけど、実はあの言葉を打ち破ることこそがこのドラマの目的なんじゃないかという気がしてきた。別に悔いが残ったっていい。人生が決断の連続なら、決断に後悔はつきもの。後悔しないようになんて考えていたら、それこそ息がつまってしまう。
大切なのは、何かを間違えたとき、ちゃんと軌道修正ができること。その手助けをしてくれる人たちがいること。結婚式にも参加できなかったし、孫の誕生の瞬間も見られなかった。悔いを挙げたらキリがないだろう。でも、いろいろ遠回りをしながら、もう一度家族として歩き出した相原家を見ていたら、そんなふうに思えてきた。
(文・横川良明/イラスト・まつもとりえこ)
【第6話(8月11日[日])放送】
ナギサさん(大森南朋)が実は自分と同じMRだったことを知ったメイ(多部未華子)は、ナギサさんの過去にますます興味を抱く。
しかしナギサさんは私生活については一貫して秘密主義を貫き、謎のまま・・・あの手この手でナギサさんの私生活を暴こうと、ついには尾行を決行!すると、いつもとは違うナギサさんの表情に出くわす。
一方、メイのことが気になる田所(瀬戸康史)は、ナギサさんが本当にメイの父親なのかと疑心暗鬼になっていた・・・。
◆番組情報
『私の家政夫ナギサさん』
毎週火曜22:00からTBS系で放送
地上波放送後に動画配信サービス「Paravi(パラビ)」でも配信。
またParaviオリジナルストーリー『私の部下のハルトくん』も独占配信中だ。