1975年、ドラマ『お美津』(TBS系)のヒロイン役で芸能界デビューした岡江久美子さん。以降、『連想ゲーム』(1969~1991年、NHK総合 ※岡江さんのレギュラー出演は1978~1983年)などのバラエティー番組にも数多く出演、朝の情報番組『はなまるマーケット』(1996~2014年、TBS系)ではMCを務めるなど、幅広く活躍した。
そんな彼女の女優としての代表作が、『天までとどけ』だ。1991年から2004年まで、TBS系の昼ドラ「愛の劇場」枠で全8シリーズにわたり放送された大家族ドラマ。昼ドラとしては異例の高視聴率記録した、ホームドラマの金字塔である。岡江久美子という名前を聞いて、彼女が演じる母・定子がとびっきりの笑顔で、13人の子どもたちと"コ"の字型の食卓を囲んでいるシーンを思い浮かべる人も多いのではないだろうか。
動画配信サービス「Paravi(パラビ)」では、7月9日より、この『天までとどけ』の第1シリーズ・全60話を配信開始。当時のファンには釈迦に説法ではあるが、本作をまだ見たことがない人のために、見どころを簡単に紹介しよう。
このドラマで描かれるのは、両親と八男五女の子どもたち、総勢15人の大家族・丸山一家の悲喜こもごも。専業主婦として家事を切り盛りする母・定子を岡江さんが、一家の大黒柱である新聞記者の父・雄平を綿引勝彦が、そして、佐藤晃市(現・たかお晃市)、若林志穂、河合我聞らが13人の子どもたちを演じている。なお、長女・待子(若林)が通う高校の教師で、第1シリーズの最終回で待子と結婚する正木恭介役で、竹内力が出演。後に"Vシネマの帝王"となる竹内が、朴訥とした青年を爽やかに演じる姿も一見の価値ありだ。
15人全員が公団住宅の一室で暮らし、1カ月の食費は25万円(それでも、子どものおやつは1年中アイスキャンディーだけ)という、決して裕福とはいえない生活の中、常に前向きに、明るく楽しく生きていく家族の姿は、力強くも美しい。第1シリーズでは、定子の13人目の子どもの出産、初めての引っ越し、長男・正平(佐藤)の大学受験、そして待子の結婚と、さまざまな出来事が家族の身に降りかかるが、定子たちは、ともに手を取り、家族一丸となって困難を乗り越えていく。
最大の見どころはやはり、丸山家に扮する俳優陣の熱のこもった芝居。仕事に追われながらも愚痴一つこぼさず、温かく家族を見守り続ける雄平を演じる綿引の、肩の力の抜けた等身大の演技。しっかり者の待子に扮する若林のフレッシュな佇まい。成績優秀な次男・信平を演じる河合の、ひたむきな表情。そして、それらが織り成すアンサンブルが、仲良し家族のほのぼのとした空気感を作り出し、われわれを癒やしてくれる。
加えて、作品中に、いわゆる"悪人"がただの一人も登場しない(せいぜい、子どもたちが通う学校の同級生が大家族の暮らしをバカにしてからかったり、丸山家と同じアパートに住む老人が「静かにしろ」と文句を言いに来たり、というのが関の山である)ことも、本作の大きな美点だろう。丸山家の面々はもちろん、隣近所に住む者同士が、互いを思いやって暮らしている"ユートピア感"も、見ているだけで心が和んでしまうゆえんだ。
そして何より、見る者の心を癒やしてくれるのが、岡江さん演じる定子の存在だ。どんなときも明るく振る舞い、夫と子どもたちにおおらかで優しい視線を注ぎ続ける定子の姿は、まるで"友達のきれいなお母さん"を見ているかのよう。かと思えば、時折、子どもの頭をポカンと叩いて叱ったりするところも、これまた実にリアル。ドラマの中の登場人物とは思えぬ実在感をたたえながら、憧れの母親像を見事に体現している。まさに女優・岡江久美子の真骨頂といえるだろう。
第1シリーズでは、定子は38歳にして13番目の子どもを身ごもる。新しい家族ができたと雄平とともに大喜びの定子だったが、ほどなくして心臓に疾患があることが発覚。医師から中絶するべきだと告げられてしまう。雄平も子どもたちも「お母さんの命が何よりも大切」と心配し、全員が中絶を勧める中、一人思い悩む定子。そんなある夜、定子は雄平に、正直な思いを打ち明ける。
「私の命とお腹の赤ちゃんの命と、どっちが大切かって、あなた天秤にかけられる? 私ね、例えば、私を助けるために十次郎(中村端樹 ※現時点での末っ子)を殺すのと同じじゃないかって、そう思えて仕方がないの。(中略)理屈じゃないのよ、感情なの。私はもう、お腹のこの赤ちゃんのお母さんなのよ」
定子から中絶を受け入れられない理由を明かされ、答えに窮する雄平。すると定子は、続けてこう話す。
「だからね、私には結論が出ないの。最後のところは、目に見えない神様が決めてくれるって。だから、私が決めることじゃないんじゃないかって。(中略)私ね、後悔して生きていくって、嫌なの」
第6話のクライマックスで、岡江さんが"演技を超えた演技"を見せるこのシーンは、第1シリーズの中でも屈指の名場面。「最後は神様が決めてくれる」「後悔して生きたくない」という定子の言葉は、もはや岡江さん自身の信念であるかのように、ストレートに伝わってくる。そして岡江さんが天国に旅立った今、改めてこのシーンを見てみると、ますます胸が締め付けられてしまうのだ。
(文・花房ハジメ)
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