松崎健夫の平成映画興行史 平成十年 「沈みかけた船だった『タイタニック』」

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松崎健夫の平成映画興行史 平成十年 「沈みかけた船だった『タイタニック』」
松崎健夫の平成映画興行史 平成十年 「沈みかけた船だった『タイタニック』」

全米で10人に1人が購入した『タイタニック』のビデオ

蚤の市で掘り出し物を探すVHS収集家のベン・ジョーサンは「『タイタニック』(97)は定番、あれが一番見かけるテープだ」と、ドキュメンタリー映画『VHSテープを巻き戻せ!』(13)の冒頭で語っている。その言葉通り、彼は中古VHSの山からテープ2本組の『タイタニック』をすぐに見つけ出すのだ。2本組なのは、この映画が3時間以上の長尺だったため。ビデオテープは120分の録画時間がスタンダートだったことを思い出すのではないだろうか。

1998年(平成十年)にリリースされた『タイタニック』のVHSソフトは、アメリカ国内だけで約2500万パッケージを売り上げた。1998年の人口が約2億7000万人だったので、驚くべきことにアメリカ人のおよそ10人に1人の割合で『タイタニック』のVHSソフトを購入していたという計算になる。さらに、売り上げは5億ドルにものぼったという。今となっては家庭で必要なくなった『タイタニック』が中古ビデオとして「一番見かけるテープ」と称されるのは、そのためだ。

令和を迎えた現在、VHSは過去の遺物となってしまった感がある。日本国内では2016年にVHSを再生するビデオデッキの生産が終了しており、一方で1996年にはDVDプレイヤーが商品化されている。DVDはVHSよりもコンパクトで高画質、さらに劣化も少ない(とされた)ことからシェアを奪い合い、結果10年をかけてVHSは淘汰されたのだ。その過渡期ともいえる1998年11月に日本でも発売された『タイタニック』のVHSソフトは、廉価版の登場によって家庭でセルビデオソフトを所有するようになったという経緯も影響して、驚異の約500万本を売り上げた。定価が3980円だったので、およそ200億円を売り上げた計算になる。

そして、『もののけ姫』(97)が歴代配給収入記録を塗り替えた翌年に当たる平成十年、『タイタニック』は『もののけ姫』の113億円を上回る配給収入160億円を記録している。

【1998年洋画配給収入ベスト10】
1位:『タイタニック』・・・160億円
2位:『ディープ・インパクト』・・・47億2000万円
3位:『メン・イン・ブラック』・・・35億円
4位:『GODZILLA』・・・30億円
5位:『プライベート・ライアン』・・・24億円
6位:『エアフォース・ワン』・・・20億円
7位:『シティ・オブ・エンジェル』・・・17億円
8位:『仮面の男』・・・16億2000万円
9位:『セブン・イヤーズ・イン・チベット』・・・15億5000万円
10位:『リーサル・ウェポン4』・・・12億円
(※ 現在は興行収入として計上されているが、当時は配給収入として算出)

『タイタニック』は全世界の興行収入においても、歴代世界興行収入最高記録となる18億4300万ドル(換算すると2000億円以上)を記録したメガヒット作品だった。主人公ジャックとローズを演じたレオナルド・ディカプリオケイト・ウィンスレットは一躍人気スターとなり、船首に立つふたりの姿を真似るカップルが続出。また、セリーヌ・ディオンによる主題歌「マイ・ハート・ウィル・ゴー・オン」も全米チャート1位となるヒットを記録。第70回アカデミー賞では、作品賞をはじめとする歴代最多11部門で受賞を果たすなど、世界的な社会現象にもなった作品だった。世界中の人々に支持された『タイタニック』だが、実は完成に至るまでには紆余曲折があり、どちらかというと「誰からも"期待されていない作品"だった」という経緯がある。

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"海"を舞台にした映画はハリウッドの鬼門

「水物」=「その時の条件によって変わりやすく予想しにくいもの」という言葉があるように、映画製作においても"水"は不運を呼ぶモチーフと言われ続けてきた。特にハリウッドでは「"海"を舞台にした作品はヒットしない」というジンクスが長く囁かれていた。例えば、ケヴィン・コスナー主演の『ウォーターワールド』(95)や、レニー・ハーリン監督の『カットスロート・アイランド』(95)。ハワイ沖で撮影された『ウォーターワールド』は、海上に作られたセットへの移動に6時間も要したり、海の不安定な天候や波によって何度も撮影が中止になったことで製作費が膨れ上がるという災難に見舞われた。同様に、女海賊が主人公の『カットスロート・アイランド』も莫大な製作費に対して興行収入が回収できず、現在も「最も興行的損失の大きい映画」として現在もギネス記録に認定され続けているほどなのだ。

製作費が2億ドルにまで膨れ上がった『タイタニック』(現在も歴代2位の高額な製作費)も、撮影中から「失敗作になるのではないか」と否定的な報道ばかりなされていた。その背景には、監督のジェームズ・キャメロンが深海を舞台にした『アビス』(89)で、約7000万ドルの製作費に対して約5400万ドルしか北米の興行収入をあげられなかったという過去の失敗も影響していた。"海"は映画にとって鬼門なのである。

1997年のサマーシーズンに予定されていた『タイタニック』の全米公開は、製作の遅れからクリスマスシーズンまで延期され、作品に対する不安要素はさらに増えていた。そんな『タイタニック』を好意的に受け入れようとしたのが、実は日本だったのだ。第10回東京国際映画祭のオープニング作品としてワールド・プレミア上映され、ジェームズ・キャメロン監督と主演のレオナルド・ディカプリオが来日(この時、レオの友人として日本についてきたのがブレイク前のトビー・マグワイアだった)。まだ世界で誰も観ていない『タイタニック』を最初に目撃したのは、日本の映画ファンだったのである。ハリウッド映画のワールド・プレミア上映といえば、ロサンゼルスやニューヨークのようなアメリカの主要都市(エンタメの中心である都市)で開催するもの。東京での開催は異例中の異例で、配給の20世紀フォックスのトップたちも東京国際映画祭にアメリカから参加し、作品を初めて観たという異例づくしだった。

完成した作品の評価は上々だったものの、製作費の回収に対する不安から、北米の配給をパラマウントが、北米以外の配給を20世紀フォックスが担当することでリスクを分散。当時、筆者は先行オールナイト上映で『タイタニック』を鑑賞したのだが、映画館はほとんど貸切りに近い状態だったという思い出がある。多くのネガティブな情報によって、映画ファンの興味も微妙な状態にあり、『タイタニック』は興行的にも"期待されていない作品"だったのだ。

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上映時間の長い映画は1日の上映回数が少なくなる

『タイタニック』が興行的に不安視された理由のひとつに、194分という"上映時間"が挙げられていた。3時間を超える上映時間の作品は、自ずと1日の上映回数が少なくなる。例えば、『タイタニック』と同時期に日本で公開された『メン・イン・ブラック』(97)の上映時間は98分。概算すると、『タイタニック』を1回上映する時間で『メン・イン・ブラック』が2回上映できることになる。同じ入場料金を払うことを考慮すれば、上映時間の長い『タイタニック』は映画館にとってもリスクがあるのだ。

ちなみに『メン・イン・ブラック』は上記1998年の洋画配給収入ベスト10で3位にランクインしているように、この年を代表する作品のひとつだと言える。そういう意味でも『タイタニック』の興行記録は、単なる大ヒットではないことを窺わせるのだ。実は北米公開時も、初週の興行収入は約5300万ドルと、ランキング1位となったものの数字としては結果が振るわなかった。しかし、翌週の興行収入が約7100万ドルと動員が増え、翌々週からは平均して3000万ドル前後の数字を数ヶ月に渡って記録。映画を鑑賞した観客の"口コミ"による観客動員がロングラン上映を導き、興行成績を積み上げたことで、"期待されていない作品"は歴代興行記録を樹立させるほどのヒット作となったのだ。

一方、日本では12月20日に公開された(北米公開は12月19日とほぼ同時公開)『タイタニック』と同日に公開の"期待された作品"があった。それは、製作費20億円を投入した日本映画『北京原人 Who are you?』(97)である。北京原人の骨から抽出されたDNAによって現代に蘇った北京原人の親子を巡る陰謀と冒険を描いた大作で、監督は『人間の証明』(77)や『敦煌』(88)をヒットさせていた佐藤純彌、脚本はドラマ「夢千代日記」などの早坂暁というベテランの布陣。当時『チャイニーズ・ゴースト・ストーリー』シリーズで香港のトップスターだったジョイ・ウォンがヒロインを演じるなど、冬休み興行で"期待された作品"だった。

ところが、この映画の興行は『タイタニック』や『メン・イン・ブラック』のヒットが競合となり、配給収入は4億5000万円に留まってしまう。数字だけを見れば、『北京原人 Who are you?』を映画館で鑑賞した観客は『タイタニック』の1/40しかいないことになる。その上、製作費に対して大赤字となってしまっただけでなく、その奇妙奇天烈な内容から映画ファンが「珍品」と評する作品になってしまったのだ。

その存在が人々の記憶から忘れ去られる運命にあった『北京原人 Who are you?』は、VHSソフトの発売後、長らく観ることが叶わない作品でもあった。しかし、"観ることが困難"という状況が、逆にカルト的な人気を呼ぶ要因ともなり、2005年になってDVDがリリースされたという経緯がある。"期待された作品"は"期待外れの作品"となり、時を経て"観ることが困難な作品"から"観てみたい作品"へと変貌を遂げたのだ。一方で、多くの映画ファンの手元に行き渡った『タイタニック』のVHSソフトは、先述の通り、今では中古市場に溢れかえっているという皮肉な運命にある。どちらにせよ、作品を支持し"蘇らせる"のは、映画を製作する側ではなく、映画を観る側ということなのだ。

(映画評論家・松崎健夫)

【出典】
・「キネマ旬報ベスト・テン85回全史1924−2011」(キネマ旬報社)
・「キネマ旬報 1999年2月下旬決算特別号」(キネマ旬報社)
・日本映画製作者連盟  http://www.eiren.org/toukei/1998.html
・BOX OFFICE MOJO
「タイタニック」 https://www.boxofficemojo.com/release/rl3698624001/
「アビス」 https://www.boxofficemojo.com/release/rl205555201/weekend/
・IMDb 「アビス」 https://www.imdb.com/title/tt0096754/?ref_=fn_al_tt_1
・V2DT https://www.video2dvdtransfers.co.uk/blog/2019/04/09/best-selling-vhs-tapes/
・外務省 https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/usa/data.html
・日本経済新聞 2016年7月14日電子版 https://www.nikkei.com/article/DGXLZO04817850T10C16A7TI1000/
・ギネス記録 https://www.guinnessworldrecords.com/world-records/69937-largest-box-office-loss
・東京国際映画祭 http://history.tiff-jp.net/ja/overviews?no=10