『ボヘミアン・ラプソディ』誕生秘話の秘話
2018年最大のヒット作となった『ボヘミアン・ラプソディ』(18)の劇中では、「ウィ・ウィル・ロック・ユー」をはじめとするクイーンのヒット曲が28曲流れる。バンド結成からデビューまでの紆余曲折、メンバー同士の衝突やバンド解散の危機、そして、ボーカルのフレディ・マーキュリーがメンバーたちに告白する衝撃の事実。それらの困難を乗り越えてゆく彼らの姿が、実は楽曲の歌詞とリンクしていることに気付かされ、曲の印象が変わってくるという点もこの映画の魅力だったりする。
クライマックスの舞台となるのは、1985年にエチオピアの飢餓救済活動を支援する目的でチャリティーコンサートとして開催された「ライヴ・エイド」の会場。限られた持ち時間の中でクイーンが行うパフォーマンスに対しては、例えば「ヒット曲だけで構成する」、「ファンが好みそうな曲を選ぶ」、「自分たちにとって思い入れのある曲を演奏する」など、いろんな曲の選択があったはずなのだ。そのうえで、物語の中に込められたキーワードから"なぜこの選曲にしたのか?"ということを観客が自ずと理解し、フレディたちの選曲の意図に涙腺が決壊するのである。
この映画には、1975年にリリースされた「ボヘミアン・ラプソディ」という楽曲の誕生秘話を描いたエピソードがある。レコード会社EMIの重役であるレイ・フォスターが、約6分もの演奏時間があるこの曲について「3分を超える曲はラジオでかけてもらえない」と苦言を呈する場面。ここで楽曲の採用を却下するレイ役を、映画『オースティン・パワーズ』シリーズのマイク・マイヤーズが演じているというキャスティングには、意図がある。それは、彼が主演した平成四年公開の映画『ウェインズ・ワールド』(92)の劇中で「ボヘミアン・ラプソディ」が使用され、全米音楽チャートで2位となるリバイバルヒットに繋がったからだ。
『ウェインズ・ワールド』は、NBCのテレビ番組『サタデー・ナイト・ライブ』の人気コーナーを映画化した作品。マイク・マイヤーズ演じるウェインとダナ・カーヴィ演じるガースのコンビが、自宅の地下室からCATVの音楽番組を放送する姿を描いたコメディで、全米では1992年2月14日に公開された。ウェインとガースたちが車の中で「ボヘミアン・ラプソディ」を合唱する場面は、間奏パートで彼らがヘッドバンギングする姿を真似する若者が続出したほどだった。
映画『ボヘミアン・ラプソディ』では、重役のレイが「10代がドライブでかける曲は、ボリュームを上げて頭を振りながら聴くんだよ、『ボヘミアン・ラプソディ』は絶対にそうならない!」と語る。それゆえ、『ウェインズ・ワールド』の中で「ボヘミアン・ラプソディ」を聴きながら頭を振り、リバイバルヒットのきっかけを作った張本人である脚本・主演のマイク・マイヤーズ自身によってレイが演じられている点が重要なのだ。つまり、『ボヘミアン・ラプソディ』は、キャスティングの細部にまでクイーン愛が漲っているのである。
『ウェインズ・ワールド』は、全米で約1億2100万ドルを稼ぎ出すヒットを記録した。そして北米年間成績では8位にランキングされるほどの人気を呼び、日本でも同年11月7日に劇場公開されている。ジョン・ベルーシとダン・エイクロイドのコンビによる『ブルース・ブラザース』(80)も「サタデー・ナイト・ライブ」の人気コーナーから誕生した映画だったが、『ウェインズ・ワールド』のヒットは『コーンヘッズ』(93)や『ロクスベリー・ナイト・フィーバー』(98)など番組発信の映画化作品を生み出したという功績がある。しかし残念なことに、後続の作品は興行的に成功したとは言い難く、『ウェインズ・ワールド』を超える作品は未だ生まれていない。
"値上げ"は1992年と2019年の共通点
平成四年の映画興行は不振だった。中でも洋画に関しては過去に類をみない低調ぶりだったのだ。
【1992年洋画配給収入ベスト10】
1位:『フック』・・・23億3000万円
2位:『エイリアン3』・・・19億5000万円
3位:『氷の微笑』・・・19億円
4位:『JFK』・・・17億円
5位:『美女と野獣』・・・16億円
6位:『パトリオット・ゲーム』・・・12億円
7位:『ホット・ショット』・・・10億2000万円
8位:『愛人 ラマン』・・・10億円
『リーサル・ウェポン3』・・・10億円
10位:『ツイン・ピークス/ローラ・パーマー最期の7日間』・・・8億円
『ケープ・フィアー』・・・8億円
『遥かなる大地へ』・・・8億円
『マイ・ガール』・・・8億円
(※現在は興行収入として計上されているが、当時は配給収入として算出)
当時の「キネマ旬報」誌では"負の要素ばかりが目立った外国映画の1年"と興行決算記事の見出したほど。それは、前年からのアメリカ国内興行の低調ぶりに対するしわ寄せがあったせいでもある。実はこのことについて、平成三年の洋画年間配収で2位を記録した『ホーム・アローン』(90)のヒット記念パーティの席で、当時の東宝映画担当常務だった石田敏彦さんが「来年の洋画の正月興行は極端に悪くなると思う。この悪さは春ないしゴールデンウィークには回復するので、その間じっと辛抱して頂きたい」と既に発言していたのだ。不幸にもこの発言は的中しただけでなく、ゴールデンウィークを過ぎても映画興行が回復しないという状況になっていた。
このような状況になってしまった理由には、いくつかの要因が挙げられる。例えば、前年にバブル経済がはじけたこと。そして、平成四年には令和元年と共通する映画のトピックスがあったこと。それは"値上げ"である。この年、初めて一般料金が1800円の劇場が登場したのだ。目玉となるような上映作品が例年ほどないということだけでなく、不景気に煽られたうえに料金も上がるとなれば、映画興行が低調になってしまうのも当然だったのかもしれない。ちなみに去る2019年6月1日、一般料金は26年ぶりの"値上げ"となり、一部劇場では100円アップの1900円となっている。
日本での『ウェインズ・ワールド』の配給収入は、上位50作品にランクインすらしない圏外扱い、と芳しくなかった。1993年には続編となる『ウェインズ・ワールド2』(93)が全米で公開されたが、こちらは日本劇場未公開扱い。当時、どうしてもスクリーンで観たかった筆者は、(アメリカの)ロサンゼルスまで飛んだ。公開から2ヶ月が経過し、上映館が限られた時期だったため、ハリウッドの中心から少し離れたユニヴァーサル・シティのシネコンまで移動。残念ながら劇場内は閑散としていたのだが、本場アメリカの笑いをアメリカの観客たちと共に味わい、チャールトン・ヘストンの思いもよらぬカメオ出演に爆笑した思い出がある。
その後、『ウェインズ・ワールド2』はビデオ発売・レンタルによって日本での鑑賞も可能になったのだが、「アメリカのコメディは日本ではウケにくい」という興行的にネガティヴな側面が改めて認識されたうえに、洋画の興行が低調だった時期と重なったという点も不運だった。そんな経緯もあり、ウェインとガースのふたりに対する日本における認知度はさほど高くないのである。一方で、映画評論家の町山智浩さんと柳下毅一郎さんが、『恋のゆくえ/ファビュラス・ベイカー・ボーイズ』(89)の兄弟名をもじった<ファビュラス・バーカー・ボーイズ>というユニット名で対談コンビを組んでいる。ふたりが<ウェイン町山>と<ガース柳下>と名乗っている由来は、『ウェインズ・ワールド』のウェインとガースであることは、もはや言うまでもない。
フレディ・マーキュリーが急逝したのは1991年11月24日。『ウェインズ・ワールド』の公開は1992年2月14日なので、フレディに対する哀悼の意を表すという意味でもタイミングが良かったという点が挙げられる。しかし重要なのは、撮影そのものが1991年8月2日から9月24日に行われていたという点にある。つまり、映画製作時にはフレディがまだ存命だったのだ。フレディの死を悼んで楽曲を使用したのではなく、映画の中でウェインとガースが"ロック好き"であることから、自ずと選曲されたことだったのだと理解できる。
今年開催された第91回アカデミー賞授賞式で、作品賞候補となった『ボヘミアン・ラプソディ』の作品紹介を担当したのは、マイク・マイヤーズとダナ・カーヴィのふたりだった。筆者はウェインとガースの復活に歓喜したのだが、このことは『ウェインズ・ワールド』が「ボヘミアン・ラプソディ」という楽曲のリバイバルヒットに対する功績を確信させるものでもあったのだ。
(映画評論家・松崎健夫)
【出典】
「キネマ旬報ベスト・テン85回全史1924−2011」(キネマ旬報社)
「キネマ旬報 1993年2月下旬決算特別号」(キネマ旬報社)
IMDb https://www.imdb.com/title/tt0105793/
billboard https://www.billboard.com/music/Queen/chart-history/hot-100
一般社団法人日本映画製作者連盟 http://www.eiren.org/toukei/1992.html