ディーン・フジオカ×岩田剛典×佐々木蔵之介 表現者としてのルーツ

公開: 更新: フジテレビュー!!
ディーン・フジオカ×岩田剛典×佐々木蔵之介 表現者としてのルーツ

ドラマ『シャーロック』で出会った3人が、それぞれのルーツを語ります。

6月12日(日)の『ボクらの時代』は、6月17日(金)公開予定の映画「バスカヴィル家の犬 シャーロック劇場版」で共演しているディーン・フジオカさん、岩田剛典さん、佐々木蔵之介さんが登場します。

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ディーン・フジオカ 日本を出た理由は花粉症!?

留学後、海外でモデルデビュー、俳優、ミュージシャンとして活動してきたディーンさんに、岩田さんは「この業界に入る前は、どういう感じの人生を送ってきたのか?」と尋ねます。

『ボクらの時代』に出演するディーン・フジオカ ディーン・フジオカ

岩田:現場で、断片的には聞いたりするんですけど…。

佐々木:(活躍が)ボーダレスやから(笑)。

ディーン:あはは。節操なくやってましたよ。実は、よく聞かれるんです、インタビューで。「なんで、日本を出たんですか?」って。

岩田:うん。

ディーン:ひとつは「花粉症がつらかった」っていう(笑)。

岩田:えー。そんな理由なんですか(笑)!

ディーンさんが「昔は、花粉症の薬ってそんなによくなかった」と言うと、佐々木さんは「普通、それでは海外行かんけどな(笑)。すごいな、それで行くっていう行動力」と感心。

19歳で日本を飛び出したディーンさんですが、ある出来事をきっかけに「日本で仕事するようになった」と明かします。

佐々木蔵之介 ふと迷った「それでいいのかな」

佐々木さんは、「実家が酒屋やから、農学部を出ようと思って」と通った大学で、演劇サークルに出合ったといいます。

『ボクらの時代』に出演する佐々木蔵之介 佐々木蔵之介

佐々木:演劇サークルに入っちゃったから、学校に行くけど、授業は受けずに部室にいる、みたいなことが多かったかな。

ディーン&岩田:ああー(笑)。

岩田:でも、大学のときに将来は家業(を継ぐ)って決めてて?

佐々木:(酒造)メーカーやから、(役に立つと思って)ちょっと代理店行こうって。

岩田:その、切り替わったきっかけって何ですか?「これ(演劇)で食っていこう」とか、「これだ」と…。

佐々木:すべて、「実家を継ぐために」ずっとつないできたんですよ。その間、劇団はやってたんだけど、東京の劇団から「やりませんか?」と。「いや、僕、やりません。会社もあります」と。

佐々木さんは、劇団からの誘いを断り続けていたそうですが、あるとき「それでいいのかな」と迷ったことがきっかけで、演劇への“ある思い”に気がついたと語ります。

岩田剛典「小学校の社会科見学の行き先は…」

岩田さんの実家は、老舗の革靴メーカー。

『ボクらの時代』に出演する岩田剛典 岩田剛典

ディーン:岩ちゃんもさ、家業みたいなものは意識してた?

岩田:家業は…僕は、次男なんですよ。

ディーンあ、そうなんだ。

岩田:なので、今は結局、長男が継いでるんですけど。

佐々木:うん。

岩田:小学校のときの社会科見学で、うちの工場見に行ったりとか。

ディーン:へぇ。同級生とみんなで、一緒に岩ちゃんの家の工場見に行ったんだ。

岩田:そうなんです(笑)。

ディーン:面白いね、それ(笑)。

岩田さんは、高校3年生でストリートダンスに出合い、大学時代も「ダンスをしていた記憶しかないくらい、打ち込んでいたんですよ」と語ります。

そこから、就職をするつもりが芸能界に入ることになった経緯、そのときに感じた思いを明かします。

『ボクらの時代』に出演する岩田剛典、ディーン・フジオカ、佐々木蔵之介

また、ディーンさんは、映画を企画・プロデュース。岩田さんは、ソロプロジェクトをプロデュースする一方、実家の家業である革靴ブランドのクリエイティブディレクターに就任。佐々木さんは、舞台をプロデュース…と、3人には、クリエイティブな部分にも挑戦しているという共通点も。

俳優だけでなく、プロデュース側としても活動を広げる3人は、そこでの気づきを語り合い、盛り上がります。

さらに、「旅行が趣味」という岩田さんと佐々木さんが、それぞれの楽しみ方を明かすほか、コロナ禍で感じたエンターテインメントへの思いなど、多岐に渡る話題を展開します。

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