“気遣いの人”松岡昌宏が自らの性格を分析「臆病なポメラニアン!ほっとかれると死ぬ」

フジテレビュー!!

エンターテインメントの裏側に密着する番組『連続ドキュメンタリー RIDE ON TIME』。Season4の第2弾として、TOKIOが特集されている。

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12月10日(金)の放送は、Episode3「Straight Forward」。

今年デビュー27周年を迎えたTOKIOが新たに立ち上げた「株式会社TOKIO」。そのモットーは、自ら汗をかいてものづくりをしていくこと。3人の新たな挑戦と、その原点にある本音に迫る。

「メイクは自分で」役者として先輩から教わったこと

2021年6月下旬。TOKIOの3人は福島県にいた。レギュラー番組での企画をきっかけに、20年以上通い続けたつながりの深いこの場所。この日は、県産品の魅力を発信するキャンペーン「ふくしまプライド。」のCM撮影が行われ、福島県庁内にある「TOKIO課」にTOKIOが自ら製作した木製の看板が設置された。

看板の裏に、城島茂国分太一松岡昌宏、3人の名前を書き入れているときのこと。松岡は、名前を書く国分の髪についたホコリをさりげなく払っていた。いつも周りへの目配りを忘れない松岡らしいひとコマだった。

その松岡は、舞台「東京ゴッドファーザーズ」で主演を務めていた。元ドラァグクイーンのホームレスを演じる松岡は、自らメイクをしながら「基本、芝居のときとかは全部メイクは(自分でやる)。女装のときでも、時代劇でも」と明かす。それは、「時代劇なら時代劇のやり方があるし、女性(役)なら女性のやり方があるから。それを『いちいち人にやってもらっていたら大変だ』っていうふうに俺は教わった」と、(時代劇の撮影を行う)京都のスタッフや大先輩からの教えなのだとか。

驚く密着スタッフに「俺たちの現場にメイクさんいないでしょ」と言いつつ、「ロケ番組でも、他のグループの人たちが出てくれるとき、その人たちのメイクさんはいるんだけど、TOKIOには(メイクが)いないのよ」と笑う松岡。「その辺から、俺たちは(他のグループとは)違ったんだよね」と語った。

メイクと着替えを終えた松岡は、「北…ここか」と方角を確認し手を合わせる。「(原作の故)今敏さんって俺と一緒の北海道出身の方。俺、もともと(原作アニメの)ファンだったから。神様でしょ。だから、『今日もよろしくお願いします』と、毎回やってるの。北に向かって」と、願掛けをして舞台に臨んでいたのだ。

「覚えてもらうため」サングラスをして髪をぶっ立てた過去

履歴書を自ら事務所に送った松岡は、「このトンネルを、息を止めて表に出られたら、ジャニーズに入れる」という願掛けをしていたという。念願が叶いジャニーズ事務所に入った1年後、1990年に城島と国分とともにTOKIOを結成。そして17歳でCDデビューを果たす。

大勢いるアイドルのたまごの中で生き残るため必死だったという当時、「『TOKIOの松岡』っていうのを覚えてもらうためにいろいろしましたね。何をしたかって言うと、ジャニーズ事務所なのにサングラスをして髪ぶっ立ててっていう(笑)」と、普通のアイドルとは違う風貌で注目を集めようとしていたと振り返る松岡。

密着スタッフが「出る杭は打たれる怖さはなかったですか?」と聞くと、「(杭が)出ないと物事は始まらないっていう(考えの)タイプなので、それだったらクギを太くしたほうがいいですね」と持論を展開。また、「すごく恥ずかしい表現ですけど、臆病だから、舐められたら困るわけですよ(笑)。誰も舐めちゃいないんだけど。(臆病な)ポメラニアンですもん。『僕、ここにいるよ、気づいてよ』アピールが半端ない。ほっとかれると死ぬんです」と、自身の性格を語った。

さらに「舞台は、有名になるまではやらないって(決めていた)。僕だって分からないのに見に来ていただいても嫌なんです」と、自らルールを課していたことも明かした。

株式会社TOKIOがコラボした、うどんチェーンのCM撮影では、狭い現場で撮影ができない密着スタッフを気遣い、松岡は自身の控室として用意されたトレーラーの中を案内。そして、この日たまたまCMの担当者として現場にいた、元後輩で広告代理店勤務の小原裕貴と「もしデビューしていたら嵐?関ジャニ∞は後輩でしょ?」などとトークする様子も見せた。

密着映像の随所で見られた松岡の気遣いと本音に、SNSでは「やっぱりマボ(松岡)は気遣いの人!」「マボのサービス精神、想像を遥かに超えてる…」「松兄なんて呼ばれてるけど、本当はかまってちゃんなんだよね。みんなに伝われ」というコメントが。また、過去にドラマで共演したことのある元後輩との雑談風景には「小原くん…すごい縁だね!」と感激するファンが多く見られた。

「やっぱりしゃべらないと分からない」国分太一が親友・井ノ原快彦に明かした思い

ある夜、国分は友人と待ち合わせていた。デビュー前から30年来の親友、井ノ原快彦だ。国分が、会社を作るというアイデアを最初に相談した1人だという。まさにその場所で、2人は懐かしい下積み時代の話に花を咲かせる。

新しい一歩を踏み出したTOKIOを気にかけていた井ノ原は、「(会社の設立に)現場はなんて言っていたの?」と質問。それに対し国分は「こんなタイミング、チャンスはないということで、改めてもう1回スタートラインに立って、この年齢でも必死に汗かいている姿を見せることで、何か僕らにもプラスになるものはあるんじゃないのかなって言ったら、『面白いかもね』みたいな感じで、すぐ理解してもらえた」という。

また、TOKIO3人で話し合う中で「あうんの呼吸で分かってるって思ってたけど、『あ、そういうことが嫌だったの?』『そういうこと考えてたの?』っていうことは、やっぱしゃべらなきゃ分からないよね」という国分。井ノ原も「(メンバーの)知らないことがいっぱいあるじゃない。20何年やってるメンバーでも」と同調すると、国分は「知った気になっちゃうから、あうんの呼吸ができてると思ってるんだよね。それを会話してなかったと反省した部分もある」と本音を語った。

井ノ原が「自分が想像していなくて誰かがやったことを、手放しで喜んで応援してくれる人だったから、(株式会社TOKIOをつくったことを)ジャニーさんは『TOKIOすごいよ』って言ってると思う」と熱弁。真面目に語り合った直後、「おしっこ行っていいかな?」(井ノ原)、「一緒に行く?」(国分)と、揃ってトイレに立つという、旧知の仲の2人らしいオチをつけた。

ジャニーズ事務所をあげて行われるイベントでMCを務めることも多く、「タイノッチ」の愛称で知られる国分と井ノ原。2人の飾らない姿に「腹を割って話せるタイノッチの関係性って素敵」「2人の話もっと聞きたい」「根本にやっぱりジャニーさんがいて、ほっこりした」と言う声が。また、「連れションで終わるとはww」とふたりのやりとりにSNSでも笑いが起こっていた。

次回、12月17日(金)は、社長・城島茂に密着。30年の道のりを支えた知られざる想いに迫る。

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