磯山さやか、グラビア全盛期に『水戸黄門』レギュラーに。由美かおるとの入浴シーンで気づいた女優としての心構え「ちゃんとしなきゃ」

公開: 更新: テレ朝POST

2000年、高校生のときに芸能界デビューし、チャーミングなルックスとグラマーなプロポーションでグラビアアイドルとして人気を集めた磯山さやかさん。

2001年、『HERO』(フジテレビ系)でドラマ初出演。2005年に『まいっちんぐマチコ!ビギンズ』(鈴木浩介監督)で映画初主演を果たし、2006年には『2ndハウス』(テレビ東京系)でドラマ初主演。『志村けんのバカ殿様』(フジテレビ系)、『水戸黄門 第39部』(TBS系)、大河ドラマ『鎌倉殿の13人』(NHK)、ラジオ、CMなど幅広い分野で活躍。

2023年6月23日(金)から主演映画『愛のこむらがえり』(髙橋正弥監督)が公開される磯山さやかさんにインタビュー。

 

◆高校2年生のときに芸能界デビュー。グラビアで注目を集め…

茨城県鉾田市で生まれ育った磯山さんは、小さい頃は体が弱く、病院に行くことが多かったという。

「中学校では陸上部に入りたかったんですけど、体が弱くて入れなかったので吹奏楽部に入りました。姉が吹奏楽部だったので、ちょっと憧れて入ったという感じです」

-体が弱かったのは、どのようにして健康になったのですか-

「高校のときに野球部のマネジャーになってから、ちょっと風邪をひいても部活に出なければいけなかったし、あまり休めなかったので、そういうことをやっていたら体が丈夫になったという感じです(笑)」

-野球が好きになったのはいつ頃からですか-

「もともと母親が高校野球が大好きで、夏の甲子園大会は必ずテレビで見ていたんですけど、あまり興味がなくて、高校で野球部のマネジャーになってから野球に興味をもつようになりました」

-野球部のマネジャーに憧れがあったのですか-

「そうですね。『タッチ』の浅倉南ちゃんもそうだし、マネジャーという存在に憧れていました。実は何をやるのかなんて知らず(笑)。最初はそういう感じだったので、ギャップがすごかったです」

-野球部のマネジャーだとスコアもつけたりするわけですよね-

「そうです。スコアブックをつけたり、アナウンスやお掃除とか身の回りのことを色々とやっていました。なんとなくルールは知っていたんですけど、詳しくはわからなかったので、スコアブックのときは、勉強会と練習とで結構大変でした」

-芸能活動も、高校生のときからはじめられて-

「はい。高校2年生のときに東京見物を兼ねて軽い気持ちで友だちと一緒にオーディションを受けて、そのオーディションには2次審査で落ちたんですけど、系列の会社のオーディションを受け直してはじめました。

でも、最初のほうはアルバイト感覚でやっていたので、芸能界で生きていくみたいな考えは高校を卒業するくらいまでなかったです」

-高校生のときは、グラビアなどの撮影があるときに茨城から東京へ?-

「そうです。交通のアクセスがそんなによくなかったので、学校を休まなきゃいけなかったり、半休とか早退で行くことが多かったので、学校の先生はそれを許していいのか、悪いのか。それまで芸能人がいなかったので、わからないし、単位が取れなくなりそうで結構怒られたり、判断ができないという感じでした」

-結構高野連も厳しかったみたいですね-

「はい。多分芸能活動自体はしても良かったんですけど、いわゆるアマチュアの選手と芸能人が一緒に写真を撮ってはいけないみたいなのがあって。『一緒に写真に写らなければいいです』という条件でした。なので、卒業アルバムとか、最後の集合写真に入れなかったのは結構悔しかったというか、自分のせいですけど残念でしたね」

-学校で騒ぎになりませんでした?-

「なっていなかったと思います。でも、野球部の先輩ってクラスの中心的な存在が多いので、そういう人たちが守ってくれてわりと平和に過ごせました。隣の高校とか、野球の練習試合で行く高校の子たちはちょっとザワザワッとしてくれたりしていましたけど」

-高校を卒業するときには、芸能界でやっていこうと決めていたのですか?-

「はい。グラビアの仕事は楽しかったですし、その頃出した写真集もファンの方に好評だったので。大学進学も視野に入れていたんですけど、それより芸能界で頑張ってみようという感じでした」

※磯山さやかプロフィル
1983年10月23日生まれ。茨城県出身。2000年、芸能界デビュー。グラビアアイドルとして人気を集め、多くのグラビア雑誌に登場。高校時代野球部のマネジャーを務め、野球関連の仕事も多数。2005年、『まいっちんぐマチコ!ビギンズ』(鈴木浩介監督)で映画初主演を飾り、『クハナ!』(秦建日子監督)、『虎の流儀 ~激突!燃える嵐の関門編~』(辻裕之監督)などに出演。舞台『志村魂』、『志村けんのバカ殿様』(フジテレビ系)に出演するなど志村ファミリーの一員に。2022年、『鎌倉殿の13人』で大河ドラマ初出演。18年ぶりの主演映画『愛のこむらがえり』の公開が2023年6月23日(金)に控えている。

 

◆初めて出演したドラマ『HERO』でNG連発

高校卒業後、本格的に芸能活動をスタートした磯山さんは、約1年間茨城の実家から仕事に通っていたという。初めてのドラマ出演は、『HERO』(フジテレビ系)だったが、茨城訛(なま)りで苦労することに。

「『HERO』の女子高生B役で、エキストラみたいな感じでしたけど、もうドキドキでした。すべてがわけがわからないというか。全員と一緒になるわけではなかったですけど、出演者もすばらしい方たちばかりなので不思議な感じでした。セリフもあったから、とにかく覚えるのに必死で」

-茨城訛りで苦労されたとか-

「私は訛ってないつもりだったんですけど、オーディションのときにもすごい訛っていたって言われていました。今もそうなんですけど、原稿や文字を読むと訛りがたまに出たりするんですよ、イントネーションが。

『HERO』のときはそうだったみたいで、何テイクもされていたから、『何でだろう?間違えていないのになあ』って思っていたんですけど、『すごい訛っている』ってずっと言われていて(笑)。バスの中のシーンで、実際にバスで街の中をゆっくり周りながらの撮影だったんですけど、何周もすることになってしまいました。

しかも、セリフがギャル語だったんですよ。『〇〇〇〇って感じ』みたいな。それがもうわけがわからなくて、松たか子さんに何回も直してもらっていました、標準語に(笑)」

-放送されたときにご覧になっていかがでした?-

「不思議でした。ああいう世界の中に自分がいるのがまず不思議というか。自分の演技をチェックするとか反省するよりも、不思議な感じがしました」

-芸能界でやっていこうと決意されたときは、ドラマとか映画にということも考えていたのですか?-

「お芝居をやったりというのもあったんですけど、あまり考えていませんでした。そのときにバラエティもやっていたので、『バラエティ楽しいなあ』という感じだったと思います。

グラビアの子たちは、女優さんに行く人とバラエティに行く人が分かれていて、私たちの世代はバラエティに行く人が結構多かったんですよね」

-野球関連のお仕事も増えていきましたが、ご自身ではどうでした?-

「うれしかったです。最初に目指していたのは高校野球のポスターの女の子だったんですけど、それが無理だったので(笑)。何か野球に携われたらいいなあと思っていたのでうれしかったです。

徐々にプロ野球関連の仕事もいただくようになってうれしかったですけど、楽しいというベースの上に好きなことを仕事にするのは結構大変なことだなというのを感じました。野球に関しては、知れば知るほどいろんなことがわかってくるというか。どのジャンルもそうですけど、常に勉強という感じで大変だなあと思いました」

-選手の入れ替わりもありますし、それぞれの特性を理解するのも大変でしょうね-

「はい。最初はプロ野球の球団もあまりよくわかっていなくて。選手を覚えるのもそうですし、あとはやっぱり女性がスポーツの世界にいるというのがまだ少ないときだったので、認めてもらうまでが結構大変でした」

-2006年に当時ヤクルトの選手兼監督だった古田敦也さん公認の女子マネジャーに任命されて-

「はい。中継をやらせてもらって、2年目に球団から公認をいただけたんですけど、なんとなく認めてもらえたのかなあという感じでうれしかったです」

 

◆映画&ドラマに主演、CDデビュー「プレッシャーで…」

磯山さんは2005年、『まいっちんぐマチコ!ビギンズ』で映画初主演。同年、『風のゆくえ/ちいさなせかい』でCDデビュー。2006年には『2ndハウス』(テレビ東京)でドラマ初主演を果たす。

2008年には『水戸黄門 第39部』(TBS系)にレギュラー出演など幅広い分野で活躍することに。

「なんとなくあの当時の流れというのがあったので、歌がやりたいという気持ちはまったくなくて、ただみんながやっていたからやるということで頑張ってやっていました。“まいっちんぐマチコ先生”もいろんな子がやっていたのでという感じです」

-主演ということで、プレッシャーは?-

「出番が多いということもそうですけど、でも気負わずにみんなで楽しく本当に学校のノリでやっていたという感じでした」

-すごい勢いでお仕事をされていて、すぐに『2ndハウス』でドラマ初主演も-

「時代的にグラビアも全盛期だったので、すごくありがたかったですね。『2ndハウス』もすごいプレッシャーすぎて泣いたのを思い出します。決まったと聞いたときに『私にできるわけがない』みたいな感じで駅のホームですごい泣いていた気がします(笑)。

最初のほうはとにかくすごい泣いていましたね。『水戸黄門』もTBSの喫茶店で泣きました。前の会社(事務所)の社長の前で。前の会社の社長はいまだにそのことを言うんですけど(笑)」

-誰もが知る時代劇のレギュラーですからプレッシャー感じますよね-

「はい。『あの水戸黄門だ!』って思って。しかも、なんとなく京都にずっといるというイメージがあったし、すべてが初めてだったので、『うれしい』よりも『どうしよう?』が先に勝ってしまって。若いときはほとんどお芝居の仕事が入るたびにそういう感じでした(笑)」

-実際に『水戸黄門』の撮影が始まるといかがでした?-

「みんな家族みたいだったので楽しかったです。私も年齢が若かったというのもあって、すべて吸収できていたというか。何もわからないからこそ行けたという感じで、いろんな方がいろいろ教えてくれて、着物の着方とかも全部できるようになりましたし、本当にあそこで基礎を学ばせていただけたので、すごくうれしかったです。

その後もやっぱり『水戸黄門に出ていたんだね』ってなると、信頼してもらえる部分があったりとかしていたので」

-時代劇は所作も全然違いますからね-

「めちゃめちゃ教えていただきました。由美かおるさんにも歩き方、座り方とかいろいろ教えていただいて、本当にお姉ちゃんのような感じですごく楽しかったです」

-『水戸黄門』では由美さんとの入浴シーンも話題になりましたね-

「はい。1回だけあって。由美さんはいつもすごくお肌がきれいで、私はすごく日焼けしちゃっていたので、『お風呂も白いから黒さが目立つ』ってスタッフさんにすごい怒られました。『そうか。こういうところもちゃんとしなきゃ』みたいな感じで。ちょっと心構えができたというか、女優さんとしてちゃんとしなきゃいけないなと思いました」

-いろいろなダイエット企画にも出演されていましたね-

「はい。難しいですね。芸能界というのが特殊な世界なので、スタイルがいい方もたくさんいるし、そのスタイルがいいというのがもう何かはよくわからないんですけど(笑)。

でも、そのダイエット企画のおかげで、いわゆる今でいう“ぽっちゃり”とか、そういう個性みたいなものができてきたというか。やっているときは結構大変でしたけど、後になってみれば、あれがまた自分のキャラクターを知る一歩だったというか、最初のきっかけでもあったので良かったなって思います」

-実際にマイナス目標数字を達成し、ちゃんと言ったことを守るところがすごいですね-

「仕事なので頑張りました(笑)」

何事にも一生懸命なところも魅力。2010年には志村けんさんと出会い、志村けんさんが主催・主演していた舞台演劇『志村魂』や『志村けんのバカ殿様』に出演するなど志村ファミリーの一員に。次回は志村さんとのエピソードなども紹介。(津島令子)

ヘアメイク:渡辺順子
スタイリスト:竹川尚美

©『愛のこむらがえり』フィルムパートナーズ

※映画『愛のこむらがえり』
2023年6月23日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開
配給:ブラントフィルムズエンタテインメント
監督:髙橋正弥
出演:磯山さやか 吉橋航也 篠井英介 菜葉菜 京野ことみ しゅはまはるみ 浅田美代子 菅原大吉 品川徹 吉行和子 柄本明

「幸せなお母さん」になるのが夢だった香織(磯山さやか)は、地元の鉾田メロン映画祭で受賞した無名の映画監督・浩平(吉橋航也)の自主映画に感動し、スクリプターになるべく上京。浩平と運命の再会を果たし、浩平にいつか誰をも感動させる映画を撮ってもらう日を目指して同棲生活を始めるが、8年の月日が流れ…。