高橋惠子、35年ぶりに蘇る“Jホラー映画の原点”。当時はCGもなく「チェーンソーで首を切るときが一番怖かった」

公開: 更新: テレ朝POST

1970年、15歳のときに映画『高校生ブルース』(帯盛迪彦監督)で関根恵子として主演デビューを飾った高橋惠子さん。

1972年には『太陽にほえろ!』(日本テレビ系)に出演し、お茶の間でも知られる存在に。翌年には、映画『朝やけの詩』(熊井啓監督)に主演。

1982年には、にっかつロマンポルノ10周年記念大作『ラブレター』(東陽一監督)に主演し、ロマンポルノ史上最高の興行収入を記録。同年、高橋さんは、『TATOO<刺青>あり』で高橋伴明監督と出会い、結婚。芸名を現在の「高橋惠子」に改名する。

©エイジェント21、ディレクターズカンパニー

◆欲望の対象として見られるのが悔しかった

『太陽にほえろ!』に出演中の1973年、高橋さんは、映画『朝やけの詩』に主演。冒頭の湖を全裸で泳ぐシーンが話題に。

「いろんな経験をさせてもらってきましたね。早い時期に女優としてデビューして、本当に全裸でカメラの前に立つということもありましたし。

そういうのがあってからNHKの大河にも出演することになって。普通はありえないですよね、そんなことは(笑)。逆はありますけどね。清純派でデビューして途中から殻を破って脱ぎましたということはあるかもしれないですけど」

-若いときから活躍されている方が大人になるときに脱ぐというケースは多いですね-

「そうですね。私はそれが最初ですからね。最初にもう衣装を全部脱いでいたので、そういうことで自分を見せることができないというか。裸の状態から始まっていますから(笑)」

-『朝やけの詩』のときは冒頭の全裸で泳ぐシーンを野尻湖で撮影したら、湖水が鮮明すぎてヘアーが見えてしまい、撮り直しになったとか-

「そうです。大変でした(笑)。結局ロケ地を変更して撮り直しになりましたからね」

-15歳でデビューされたときから、度胸の良さが話題になっていました-

「そうですね。もともと彫刻だって女性の裸体を彫ったり、絵に描いたりするわけですから、そういう目で見れば美しいものではあるんですけれども。

色々な邪(よこしま)な目というか、男性の欲望の対象として扱われると、それがまったく違う感じになっちゃうというのがすごく悔しかったですね。そういう思いを本当に味わってきました。なので、結婚してからは二度と脱がないって決めて。それから脱いでないんですけれども(笑)」

1982年、高橋さんは、にっかつロマンポルノ10周年記念大作『ラブレター』(東陽一監督)に主演。女性客が殺到し、にっかつロマンポルノ史上最高の興行収入を上げたことも話題に。

この映画で高橋さんが演じたのは、30歳も年上の詩人・小田都志春(中村嘉葎雄)に愛人として囲われている有子。

お互いを「トシ兄ちゃん」「ウサギ」と呼び合うふたりの関係は6年になるが、いつ訪れるかわからない彼を有子はただ待つしかない。彼がなかなか現れず、寂しさに耐えられなくなった有子は、彼が体調を崩した奥さんを付きっきりで看護していると聞いて倒れてしまう…。

-『ラブレター』は女性に人気がありますね。私も大好きな作品です-

「観ていただいてありがとうございます。金子光晴さんが好きでなかなかいいなと思って。ロマンポルノという枠組みはどうかなという気持ちはありましたけど、内容がすばらしかったので。

脚本の田中陽造さんも本当にすばらしい方でしたので『ぜひ!』と思って。ロマンポルノという枠組みではなく、普通に見て欲しいですよね」

-素敵(すてき)な作品ですよね。出演者の方も豪華で-

「そうですよね。中村嘉葎雄さん、加賀まりこさん、仲谷昇さん。嘉葎雄さんがすごくテレながらされていらして(笑)」

-ロマンポルノ史上最高の興行成績だったそうですね-

「そうなんですか。多くの女性に観ていただけたというのはうれしいですね」

 

◆高橋伴明監督と運命の出会い

1982年、映画『TATOO<刺青>あり』に出演。高橋伴明監督初の一般映画となるこの作品は、1979年に起きた三菱銀行人質事件の犯人の生い立ちから事件を起こすまでの軌跡を描いたもの。高橋さんは、主人公・竹田明夫(宇崎竜童)の恋人・三千代を演じた。

-伴明監督の最初の印象はいかがでした?-

「最初の印象は、ほとんど作品の話も何もせず、『とにかくこれを読んでください』って台本を渡されただけだったので、寡黙(かもく)な人だなって思いました。

でも、ちゃんと向き合わなきゃいけない人なんだなという感じはしました、誠意を持って。もちろんみんなに誠意を持っているつもりでしたけど、とくにそう思わせてもらった感じです」

-題材となった事件は衝撃的でした。宇崎竜童さんとの取っ組み合いのシーンはかなり激しかったですが現場ではいかがでした?-

「そうですね。本当に衝撃的な事件でした。宇崎さんはとても優しい方で、テストしていて『カット』ってかかると、常に私が上から馬乗りになって押さえつけているんですよ(笑)。私のほうが強い感じで。すごく優しい方なんですよね」

-スクリーンで見ていると、メタメタにやられていましたけど、ケガをしたりは?-

「全然大丈夫でした。結構大丈夫なんです、私は(笑)」

-あれも結構大変な目に遭う女性でした-

「そうですね。でも、あの台本を読んでくださいと言われて読んでいた場所が横浜のホテルのラウンジだったんですけど、読んでいるうちに、もう『これはやらなきゃいけない』ってすごく思いました。運命的な何かを感じて。

その役をやりたいということじゃなくて、何かこの作品に自分は関わらなきゃいけないというか、これはやらせてもらおうってすぐに思いましたね。直感で。

だから、やっぱりそういう運命的な出会いが、あの作品をさせてもらうことで。それを断っていたら今もひとりでずっと独身だったかもしれないし、わからないですけど、本当にあれは運命を感じました。

半年後には結婚していましたからね。それで芸名を高橋惠子にしました。去年で結婚して40年ですよ。考えられないです(笑)」

©エイジェント21、ディレクターズカンパニー

※映画『DOOR デジタルリマスター版』
2023年2月25日(土)より新宿K’s cinemaにてロードショー
配給:アウトサイド
監督:高橋伴明
出演:高橋惠子 堤大二郎 下元史朗 米津拓人

◆「ほかにやってくれる女優がいないからやってくれ」と言われて

1988年、高橋伴明監督が、ストーカーに脅かされる主婦の恐怖を描き、“Jホラー映画の原点”と称される映画『DOOR』に主演。2022年の東京国際映画祭でも上映されて話題に。

高橋さん演じる主婦・靖子は夫と息子と高層マンションで暮らしているが、いたずら電話やセールスマンの勧誘に悩まされていた。神経質になっていた靖子は、ドアチェーンからパンフレットを強引に差し込もうとしたセールスマン(堤大二郎)の指をドアで挟んでしまい、その翌日から執拗(しつよう)な嫌(いや)がらせが続くように…。

-35年の時を経て、『DOOR デジタルリマスター版』が公開されることになりました。この作品を撮ることになった当時は、どんな感じだったのですか?-

「『他にやってくれる女優がいないからやってくれないか』って言われて(笑)。私はホラーってあまり好きじゃないんですよ。自分ではほとんど観に行かないんですね。

なので、撮影中もすごくイヤでした、怖くて。撮影期間は、夫はホテルに泊まって、私は子どももいましたし自宅で。母も同居していましたので、子どもたちのことは母に任せて撮影していました」

-お子さんたちの反応がいつもと違ったとか-

「そうなんです。当時1歳と4歳だったんですけど、撮影が終わって帰っても、『ママー』ってそばに来てくれないんですよね。やっぱりちょっと違う人になっていたんじゃないかな。まだその役の感じが残っていたんでしょうね」

-今から35年前、まだストーカーという言葉もなく、CGもなかったときにこの作品を撮ったというのはすごいですね-

「今思うとね。怖かったです。作りものが結構リアルで、ドアで堤さんの手を挟んだり、顔をフォークで抉(えぐ)るのも。

チェーンソーで首を切るときが一番怖かった。本人の顔がすぐ近くにあって、床の下に寝ているんですよ。床があって、床の上にあるのは人形なんです。その首に向かって刃を向けるんですけど、すぐ近くに本人の首があって表情がリアルにギャーッて言うんです」

-間違って本当に切っちゃうんじゃないかって怖くなりますね-

「そのぐらいリアルでしたからイヤでした(笑)」

-今の時代はCG技術が進んで何でもできますが、遜色(そんしょく)ないというか、今観てもリアルですごい迫力ですね-

「そう、リアルでしたね。本当に。怖かったです」

©エイジェント21、ディレクターズカンパニー

◆家の中を逃げ惑うシーンは一発本番で

主婦VSストーカーのラスト20分の攻防戦の迫力は圧巻。ドアは破壊され、食器棚は倒され…原型をとどめない家の中で血まみれの闘いが繰り広げられる。

-俯瞰(ふかん)で撮っている、高橋さんが逃げ惑うシーンの迫力もすごくて-

「あれは結構長かったですね。こんなに長かったんだって思いました。あれは一発OKだったんですけど。そうじゃないと、食器棚から何から倒していましたし、あれを元に戻すのは大変ですからね。

それは段取りを全部やって。これを倒した後、これをやってという感じで。もう本当に演技というよりも、殺陣(たて)みたいでしたね(笑)。ここでこれをやって、次はこれをやってこう逃げて、こうかかってこられてという感じでしたから。それを3回くらいやったかな」

-3回くらいやっただけで、あの長回しのシーンを撮影したのですか-

「はい。真剣でした。間違えたらもう二度とというか、何時間か休憩が入って、スタッフがその間に全部それを元通りに直してやらなくちゃいけないわけだから、何とか1回で決めないといけないと思って」

-あのシーンを撮っているときの監督はどうだったのですか-

「どこにいたかも覚えていない。どこにいたんだろう? でも、モニターなんかなかったから見えるところにいたはずなんですよね。上からじゃないと全部は見えないから。でも、それどころじゃなかったです。自分のやることをちゃんと間違えないようにやらなきゃって思っていたので」

-ほんのささいなことがきっかけでこんな惨劇にという恐怖がリアルでした-

「本当ですよね。そんな何かすごいことをしようと思ったわけでもないのに。いろいろな勧誘にうんざりしているところに、ドアの隙間から強引にパンフレットを押し込まれて、恐怖を感じて思わずドアを閉めたら相手の指を挟んでしまった。それから執拗な嫌がらせが始まるわけですからね」

-久々にご覧になったと思いますが、ご自身ではいかがでした?-

「やっぱり今観るとまた違いますよね。加害者と被害者って、どっちがどっちってないなあって思いました。

ある意味、堤さんも被害者なんですよね。だって、そこまでされるほどのことなのかなって。もちろんしつこくはあるけど、指が腫れ上がるほど強くドアに挟まれて痛いし、ああされたら何かしたくなるだろうなあって。

何だか、お互いに被害者でも加害者でもなくて、ちょっとしたことでこんな風に殺したり、殺されたりということになっちゃうんだなあって。怖いですよね」

-でも、本当に「母は強し」ですよね。我が子を守るため、チェーンソーを振り回すことに-

「あの子本当にリアルでしたよね。キョトンとしているときとか(笑)。『あの子は大丈夫かなあ。トラウマにならないかな』って、スタッフの人がみんな言っていました。こんなに小さいのに、こんな場面を見たりしてって。あれからお会いしてないですけど」

-お母さんがチェーンソーを振り回して血まみれですからね-

「そうですよね。チェーンソーの前もフォークを堤さんの頬に刺して、頬の肉がえぐれたり、腕に突き刺したりもしていましたし、特殊メイクも上手でしたよね」

-2022年の東京国際映画祭の舞台あいさつでは長谷川和彦監督のコメントが話題になりました。「惠子はきれいすぎるのがいけない。何で脱がさなかったんだ?」って-

「『何でもっと脱がせないんだ?』って何度も言われました。久しぶりにお会いしましたけど、相変わらずゴジさんでしたね(笑)」

-この映画は、一時期フィルムが行方不明になっていたと聞きました-

「そうです。それが見つかったって。何か不思議な感じですね。35年前の映画が、今またこの時代に蘇るというか、その時代を知らない人たちにも観てもらえる。それは映画の良さですよね。舞台ではあり得ない。

でも、あの映画のなかに映っている私はもうこの世には存在していないし、同じ私という人はいるけれども、もう変わっていますから。肉体的にも変わっているし、精神的にも変わっている。まったく違う別人みたいな感じで。やっぱりそういうのがフィルムに残っているというのも不思議だなあって思います」

コンスタントに映画、ドラマに出演し、2007年に出演した映画『ふみ子の海』(近藤明男監督)では、毎日映画コンクール女優助演賞を受賞。2012年に23年ぶりに主演した映画『カミハテ商店』(山本起也監督)では、おおさかシネマフェスティバル2013主演女優賞受賞。海外の映画祭でも登壇した。

次回は撮影エピソード、コロナ禍での日々、愛犬との生活も紹介。(津島令子)

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