萩原健一さんが「ショーケン」と呼ばれるきっかけとは?生前のインタビュー番組を再放送

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3月26日に亡くなった萩原健一さんを偲び、2015年に萩原さんが出演した『ザ・インタビュー〜トップランナーの肖像〜』(BS朝日、毎週土曜17:00~)を4月6日に再放送する。

萩原さんは日本の芸能界において、唯一無二の存在として一時代を築いたカリスマ。ボーカリストとして、俳優として、常に鋭いナイフのような存在感を放ち、多くのファンを魅了してきた。一癖も二癖もあるといわれる萩原さんの、知られざる素顔とは? 南青山の老舗ライブハウスでインタビューは行われた。

負けん気の強かった中学生の萩原さんは、ダイケンと呼ばれる高校生の大番長、そしてチューケンと呼ばれる副番長にもケンカで一歩も引かなかった。彼等はその勇気を認め萩原さんを「ショーケン」と任命。萩原さんのショーケンとしての人生が始まる。

1967年、GSブームの最盛期に萩原さんは、ザ・テンプターズのボーカリストとしてデビューするが、アイドル的な扱われ方に不満を持ち、その活動の場を映画やドラマの世界に求めていく。俳優ショーケンを人々に鮮烈に焼き付けたのは、1972年のTVドラマ『太陽にほえろ!』。新人刑事マカロニに扮した萩原さんの存在感は圧倒的であり、その殉職シーンはTVドラマ史上屈指の名シーンとなった。その殉職シーンのウラ話、そして石原裕次郎さんとの思い出を萩原さんは語る。

続いて放送された『傷だらけの天使』は主演の萩原さんをはじめ、監督やカメラマンといった、現場スタッフの低予算を逆手にとったアイデアの上に成り立っていたと言う。何故、水谷豊演じるあきらの入れ墨は金魚だったのか? 何故MEN'S BIGIの衣装を着ていたのか? 伝説のドラマの舞台裏が明らかになる。