徳川家康の「自慢話」はどこまで真実? 『先人たちの底力 知恵泉』

仕事で悩んだり、壁にぶつかったり……。そんな悩みを解決すべく、歴史上の人物の知恵と行動から探っていく番組『先人たちの底力 知恵泉(ちえいず)』(NHKEテレ、毎週火曜22時)。1月16日は、ゲストに作家の石田衣良とタレントの村井美樹、東京大学史料編纂所教授の山本博文氏を招き「歴史は勝者によってつくられる 正史の“裏”を読む」と題して放送する。

「歴史」とは、常にそれを語る者の価値観によって左右されるもの。「歴史書」の多くは、勝者の側が残し、伝えられてきたものだ。その影には常に、敗者の側からみた「もうひとつの歴史」が存在する。その事実に思いを巡らせることこそ、様々な場面で歴史認識を問われる現代の私たちが必要としている「歴史の見方の知恵」でもある。「歴史」をどう見るか、を探る2回シリーズ。

第1回は、「正史」をとりあげる。歴史は勝者がつくってきた……だとすれば、いわゆる正史にはどこまで真実が書かれているのか? 「日本書紀」と「徳川実紀」を検証する。

「日本書紀」は神代から持統天皇に至るまでの30巻におよぶ歴史書。その中でも最も有名な場面は645年、大化の改新の始まりである「乙巳(いっし)の変」だ。中大兄皇子と藤原鎌足によって蘇我入鹿が暗殺されたこの事件は、天皇をないがしろにして専横を繰り広げていた蘇我氏を倒すクーデターとされているが、近年の研究では、一方的に悪者とされてきた蘇我氏に関する記述の多くが創作とされる。なぜ蘇我氏は悪者となったのか? その裏にには正史が隠そうとしたある真実があった。

そして、江戸幕府の正史「徳川実紀」。その最重要ポイントは、家康が主家である豊臣家を滅ぼして政権を奪ったことをどう正当化するか。まず冒頭に現れるのが、徳川将軍家の支配の正統性を示す系図。徳川が清和源氏に繋がる家系だと“系図の書き換え”が行われている。また、小牧・長久手の戦いの記述では、秀吉が家康を絶賛。「街道一の弓取りどころか日本一だ」と大仰に誉めさせている。そしてクライマックスである大坂の陣で強調されるのは家康の慈悲の心。家康には主家を潰そうという野心はなく、天下のために仕方なく豊臣家を滅ぼしたと結論づける。随所にちりばめられた家康の「自慢話」はどこまで真実なのか?