横綱・稀勢の里「出身地問題」に新事実

漫画家・久保ミツロウ、エッセイスト・能町みね子、音楽プロデューサー・ヒャダインの“こじらせ系”クリエーター3人が、毒舌&妄想&本音トークを繰り広げる一風変わった文化的おしゃべりバラエティ番組『久保みねヒャダ こじらせナイト』(フジテレビ系列、毎週土曜深夜)。4月15日の放送では、横綱・稀勢の里の話題で盛り上がった。

出演者の近況を報告する「久保みねヒャダ近況まとめ」では、能町の「“自ら自宅の階段を転げ落ちて遊ぶ”て!!!」というツイートを紹介。能町は、今年の1月に日本人としては19年ぶりに横綱となった稀勢の里の、子どもの頃のエピソードだと明かした。能町が読んでいた稀勢の里特集の本に書かれていたそうで、稀勢の里は子どもの頃から体が大きく、自分の体の強さを試してみたくて、“階段落ち”を行っていたという。久保は「もうこれ、『蒲田行進曲』の銀ちゃんですよ」と、映画の名シーンを例に出し、ヒャダインは「これ、本当言葉を選んでませんけど」と前置きし、「ばかじゃねーの」と爆笑。

能町は、「子どもの頃の(稀勢の里の)写真を見ると、信じられないくらいでかいんです。他の同級生と比べても」とフォローした。また、今回の稀勢の里の横綱昇進によって、相撲ファンとして「ちょっとした稀勢の里バブルが起きまして」と、雑誌やテレビなどで相撲関連の仕事が増えたことを告白。そして、ある雑誌から、企画のオファーを受けた際に、稀勢の里の父親の話を聞いてみたいと思ったという。

能町の出身は茨城県の牛久市。対して稀勢の里の地元も牛久市。能町は、「なので(自分の)実家も近いし、地元ネタも絡めて何か聞けないかと思って、(稀勢の里の)お父さんにインタビューしに行ったんですね」と、実際に牛久へ行ったことを明かした。

実は、中学2年生までは牛久市の隣である龍ケ崎市で生活していた稀勢の里。牛久に移ってからも、中学を卒業するまでの1年間は牛久から龍ケ崎の中学校へ越境して通っていたという。さらに、中学卒業後は、相撲部屋に入ってしまう。このことから、「(稀勢の里の)牛久との縁って微妙なんじゃないかと思って」と考えた能町は、牛久市と龍ケ崎市、いったいどちらが稀勢の里の本当の出身地なのかを、稀勢の里の父親に直接尋ねたかったのだという。「公式な後援会は牛久市にあるんですよ。でも、優勝したときには龍ケ崎市の中学校が映ったりしているんですよ。これは戦争だ、と思って」と、その理由を打ち明けた。

そして、実際に稀勢の里の父親へインタビューを行ったところ、さらに意外な事実が発覚。「なぜここに住むに至ったかを聞いてきたんですけど。お父さん、群馬県の高校出てます。群馬県はお父さんのお父さんの事情で行ったのであって、もっとさかのぼると東京でした。そうなるともう、(稀勢の里は)東京者です」と、稀勢の里の地元問題に新たな火種を投げ込む能町。久保も「こんな事実、広められないよ」と制止するのだった。能町が「なので、仲良くしてください。龍と牛は」とお願いすると、ヒャダインも「そうですね、今バチバチだと思うんで」と同意していた。

番組では他に、能町が相撲に関する視聴者からの質問や疑問に答える「相撲ガール教習所」や、ちょっと死にたくなったときの体験談を募ったコーナーなどで盛り上がった。

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