元猿岩石の森脇、夜も“一発屋”に!?キャバクラと深い関係「サパークラブ」の実態

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有吉弘行とコンビを組み、90年代後半に一世を風靡した元猿岩石の森脇和成(41)が、1月28日(木)に放送された『ヨソで言わんとい亭~ココだけの話が聞ける(秘)料亭~』(テレビ東京系列、毎週木曜23:58~)に出演。芸能界を引退してからの“空白の10年”について赤裸々に語った。

■まさかの芸能界復帰
昨年、出演した際に「芸能界への復帰はない」と言い切っていた森脇。しかし、1年後の現在、少しずつタレントとしての活動を始めているようだが「あの時は、本当に(復帰は)ないと思っていました。ただ、この番組のおかげというか、この番組のせいで(笑)、復帰することになったようなもんですよ」と、まさかの逆ギレ!? 放送直後から反響が大きかったようで、当時仕事でお世話になっていた社長さんからも「もう1回やったほうがいいぞ。ダメだったら戻ってきていいから」と、背中を押されたとか。

■空白の10年間は、夜のお仕事に没頭!?
1996年に『進め!電波少年』(日本テレビ)の名物企画「ユーラシア大陸ヒッチハイク旅」で大ブレイクした、お笑いコンビの猿岩石。歌手デビュー曲「白い雲のように」はミリオンセラーを記録するなど、一躍時の人となった。しかし、2004年に解散。その後、相方の有吉は再ブレイクを果たしたが、森脇は芸能界を引退。彼が新たな仕事として選んだのは「サパークラブ」の経営。何でも、20代前半の頃から六本木で飲み歩いていた森脇は、友達から「毎日飲みに来てるんだったら、自分で店をやってみたら?」と勧められて、タレント活動と並行して店長を務めていたこともあるらしい。

ちなみに「サパークラブ」とは、食事もできるこじんまりとしたナイトクラブ。キャバクラのアフターとして利用されることが多い。店内では、スタッフがトークやカラオケ、一発芸などで場を盛り上げながら、女性を口説くアシストをしてくれる。だが、その一方では、女性たちがお持ち帰りされないようにフォローすることも大事な仕事。どっちの味方でもあるというスタンスのため、帰りのタクシーを舞台に展開される“乗り際”の攻防戦はかなり大変だったとか。「男は女性と二人で乗りたいけど、女性はそれを避けたい。だから、あえて知らない人を同乗させたり、どうにもならない時は自分が乗ったりしていました(笑)」と、当時の苦労を語った。男性客から連れてこられる女性にとって、サパークラブの店員はしつこく口説いてくる男性から守ってくれる“救世主”のような存在。当然、恋愛関係に発展することが多く、森脇自身も店で出会ったホステスさんと結婚。子どもも生まれたが、細かいことのすれ違いが積み重なって、幸せな生活は4年ぐらいしか続かなかった……。

店の経営と言っても、タレントをしていた頃はたまに顔を見せる程度。店を作る時もほとんど他人任せだったという。その結果、六本木交差点近くにあった広さ50坪の店は、半年で閉店。家賃・保証金で約2000万円使い、売り上げが伸び悩んだせいで300万円の借金を背負った。森脇は「早く閉めたからその程度で済みました。調子が良かったのは最初の一ヵ月だけ。夜(の仕事)でも“一発屋”みたいになっちゃった(笑)」と自虐的なコメント。借金だけが残った森脇は、友達が経営する「サパークラブ」でアルバイトをしながらコツコツとお金を貯めて、1年後に見事完済。その頃を振り返った彼からは「夜(の仕事)で作った借金は夜(の仕事で)返したかった」という、名(迷?)言が飛び出した。芸人としての先が見えてしまった森脇は、30歳で芸能界を引退。本気で夜の仕事をやろうと考えた彼は、友達が経営する「サパークラブ」の雇われ店長に。月給は30万円。「結果的に7年くらい夜の世界で働いた」と語った。

この回は他に、盗撮被害に遭った現役グラドル、セクシーすぎるプロポーションが原因でNHKのニュースを降板することになった女性アナウンサーが知られざる真相を大暴露。また、盗撮犯を脅して示談金をむしり取る“進化系極悪犯罪”の巧みな手口を弁護士が詳しく紹介した。