『ペンディングトレイン』赤楚衛二が挑んだ“痛々しさ”からの解放

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『ペンディングトレイン』赤楚衛二が挑んだ“痛々しさ”からの解放

ずっとこのドラマのタイトルに含まれる「ペンディング」とは、どういう意味なんだろうと思っていた。

現代の日本では「ペンディング」は「保留」「先送り」を意味するビジネス用語として用いられることが多い。本作の公式Twitterには「ペンディングとは"宙ぶらりん"です」と説明されている。

現実世界で解決されることのないまま先送りにし、"宙ぶらりん"となっていた悩みや傷から解放されるために、彼/彼女らはこの荒廃した未来へやってきたのだろうか。

優斗が人に役に立ちたかった本当の理由

電車に乗っていると、時折、「電車はいいな。ちゃんと終着駅というゴールがあって」と思うことがある。

僕たちの日常は、行き先もゴールもわからないことだらけ。自分がどこに向かって走っているのか。どうすればこの状況から脱出できるのか。明確に答えられる人はそう多くないだろう。それでも立ち止まってはいられないから、歩き続けなくちゃいけないから、ひとまず目の前の悩みに保留ボタンを押して、時に押し流されるように、歩を進める。8時23分の電車に乗るまでの萱島直哉(山田裕貴)たちももしかしたら同じ気持ちだったのかもしれない。

前回、直哉は弟・達哉(池田優斗)に対する"宙ぶらりん"な想いに一つの決着をつけた。そして今回、自分の中にある"宙ぶらりん"な想いに決別を果たしたのは白浜優斗(赤楚衛二)だった。

尊敬する先輩・高倉康太(前田公輝)が、自分のせいで重傷を負った。そのミスを、優斗は誰にも報告できなかった。自分は、立派でもまっすぐでもない。強い自責の念が優斗の自尊心を歪めた。

優斗の誰かの役に立ちたいという想いは、人のためではなかった。ましてや先輩との約束を果たすためでもない。そうすることでしか、優斗は自分の中にこびりついた醜さを洗い流すことができなかったのだ。まるで真っ白いシャツについた染みを必死でこすり落とすように、優斗は人の役に立つことで自分を救おうとしていた。

前回、直哉に自分を責めるなと声をかけたけど、やっぱりあれは自分自身に向けた言葉でもあったのだ。直哉も優斗も、自分を許せないという強い自罰感情に囚われたまま、“宙ぶらりん”の電車に乗り続けていた。

そんな行き先不明の人生に、確かなロールサインを灯すために、彼ら/彼女らはここに来たのかもしれない。元の世界に戻ったら、きっと直哉は背中を向け続けてきた達哉とちゃんと向き合うことができるだろうし、優斗と康太もお互いのことを許し合えるだろう。

直哉や優斗だけではない。ずっと人と親密な関係を築くことのできなかった加藤祥大(井之脇海)にもきっと友達ができるだろうし、難しい年頃の娘を抱えた寺崎佳代子(松雪泰子)や、結婚というプレッシャーに苛まされていた立花弘子(大西礼芳)も、もっと柔らかい笑顔で生きていけるはず。

問題を先送りするのではなく、「やれるだけやってみよう」という精神でぶつかっていくことが、“宙ぶらりん”の今を変える突破口になる。その瞬間、止まっていた人生がまた動き出す。彼/彼女らが5号車に乗り合わせたのは、そんな意味があるのかもしれない。

あの火が、乗客たちの出口を照らす希望の灯りとなる

優斗を演じる赤楚衛二は、今、20代で最も勢いのある俳優のひとり。『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい』で大きくブレイクを遂げ、『石子と羽男ーそんなコトで訴えます?ー』、連続テレビ小説『舞いあがれ!』と順調にキャリアを重ね、今期は『風間公親-教場0-』にも出演。夏からは『こっち向いてよ向井くん』でGP帯連ドラ初主演を飾ることが決定しており、1年間にわたって切れ目なくドラマ出演が続いていることとなる。

演じる役どころとして、気質が真面目であることが特徴だ。その出力は『石子と羽男』のようにピュアな癒し系のものもあれば、『舞いあがれ!』のようにナイーブなものもあるけれど、真面目で善良な青年を演じるとぴたりとハマる。

この優斗も、出力は正義感の厚い熱血漢的な方向にシフトしているけれど、ベースとして真面目さがある。ただそこに、いい意味で“痛々しさ”が伴っているのが、優斗という役の個性であると思う。

これまで描かれてきた優斗は頼もしいリーダー格ではあるけれど、あまりにも理想主義的で、見ていてどこか疲れるというか、逆に斜に構えてしまう部分があった。けれど、それは優斗自身が無理をして正しい自分を演じていたからだ。その無理を視聴者はそこはかとなく感じ取る。優斗の言っていることが、正しいはずなのに空疎に聞こえたのは、赤楚衛二がそこにかすかな“痛々しさ”を含ませていたからだと思う。

その “痛々しさ”が、この第4話では全開になる。誰かの役に立ちたいという一心で、火をおこし続ける優斗。誰も優斗にそこまで求めていないのに、つい気負いすぎて空回りしてしまう。すり傷だらけの手が、彼の心の内をそのまま表しているようで、なんだか自傷的にすら見える。

おそらく声質もあるだろう。赤楚衛二の声はウェットだ。涙をにじませたコットンのような声をしている。あの声が、心のひだに共鳴する。見る人の胸が締めつけられるような気配を醸し出すのが、赤楚衛二はとてもうまい。

そして、その“痛々しさ”を存分に視聴者に染み込ませたからこそ、最後に火がついて喜ぶ優斗の笑顔が際立つ。今までの“痛々しさ”から解放された無邪気なはしゃぎっぷりに、強張っていたこちらの肩の力までほどけて、つられたように自然と笑顔が浮かぶのだ。きっとここからは今までよりもずっとナチュラルでいとおしい優斗を見せてくれるだろう。

あのとき、最後に火がついたのは優斗があきらめずに頑張ってきたからだし、直哉と畑野紗枝(上白石萌歌)と3人で力を合わせたからだ。ひとりでできないことも、みんなとなら乗り越えられる。

新たに6号車の面々が現れ、事態はさらに複雑に。背格好から見て、加古川辰巳(西垣匠)こそが加藤を刺した犯人であり、殺人事件の容疑者に見えるが、彼の存在がどんな波乱を巻き起こすのか。

いずれにせよ、暗闇の中、3人でつけたあの火が、乗客たちの出口を照らす希望の灯りとなることを願いたい。

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