プライム帯初主演『ペンディングトレイン』で結実した山田裕貴の“血の通った”演技力

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プライム帯初主演『ペンディングトレイン』で結実した山田裕貴の“血の通った”演技力

ペンディングトレイン―8時23分、明日 君と』は、萱島直哉(山田裕貴)や白浜優斗(赤楚衛二)という対照的な2人の男性を軸にここまで物語を展開している。が、おおよそ主人公らしいキャラクターなのは、優斗の方だろう。正義感が厚く、行動力もある。特撮ヒーローなら優斗が1番手で、ひねくれ屋の直哉は2番手だ。

しかし、『ペンディングトレイン』の主人公は直哉。主人公らしくない直哉が主人公であることに、このドラマの醍醐味がある。第3話を終えて感じる本作の魅力をフィーチャーしたい。

自分を許せないことが、直哉と優斗の共通点

突然、見知らぬ荒野に放り込まれた乗客たちの運命は、まさにどん底。しかも、脱出する術さえ見つからない。その中で希望を捨てず、みんなで力を合わせて乗り越えようとする優斗に対し、直哉は集団行動を好まず、態度もシニカル。このどん底から這い上がることを、もはやあきらめているようにさえ見える。

けれど、違った。優斗が性善説を唱えるのは、そうしなければ正気を保っていられないからであり、自分の弱さを自覚しているからこそ必死に強くあろうとしているだけ。むしろ真の意味で這い上がる強さを備えていたのは、直哉の方だった。

父親のDVから逃れるため15で家を出て、幼い弟の世話をしながら美容師免許を取得した直哉。そこから実力で人気美容師の地位を掴み取った直哉は、まさしくどん底から自力で這い上がってきた人間だ。その象徴があのハサミ。直哉にとってハサミは希望の光であり、自分の強さの証明でもあった。

だが、成功が必ずしも幸福につながるとは限らない。狭いボロアパートで暮らしていたときは、いつも弟と一緒にいられた。けれど、仕事が忙しくなり、生活が豊かになればなるほど、部屋は大きくなったが弟との距離は広がった。そして、いつしか正面から向き合うことをあきらめるようになった。

這い上がった経験がある人ほど、自分はここまでできたんだから他の人だってできるはずだと思い込んでしまう。だから、直哉の目からは、ちゃんと衣食住を与えられているのに自堕落な毎日を過ごす達哉(池田優斗)は甘えているようにしか見えなかった。強い人間であるからこそ、人の弱さを許せない。そこが、彼の弱さでもある。

そんな直哉が変わっていくことがこのドラマの核であり、その変化の誘発剤として優斗がいるという構図だ。自分の弱さを自覚している優斗は、他者の弱さにも気づきやすい。直哉が許せなかったのは、自分を裏切った弟ではなく、そんな弟と向き合うことをやめてしまった自分自身なのだという指摘は、尊敬する先輩のキャリアを絶ってしまった自らのことを許せていない優斗だから見抜けたことだろう。水と油のような直哉と優斗だけど、実は根底のところは似ているのかもしれない。

自分の中にある弱さを見つめ、それを許すこと。人間の本質的な強さは、その先にあるものだと『ペンディングトレイン』は描いている。そこがこのドラマの魅力だと思うし、達哉に対し踵を返してきた直哉が、きっといつか達哉に向かって一歩踏みだすときが訪れるだろう。その瞬間こそが、このドラマの終着駅なのではないかと感じている。

山田裕貴の演技は、役の生きた人生を受け手に感じ取らせることができる

今作は、山田裕貴にとって初のプライム帯連ドラ主演作となる。2011年の俳優デビューから12年。若き名バイプレイヤーとして主人公ではない道を歩んできた山田裕貴が、主人公らしくない主人公を演じていることがまた感慨を深くさせている。

山田裕貴の演技の魅力は、血が通っていることにあると思う。生身感がある、と言ってもいいかもしれない。見ているだけで、きっとこの人はこんな生活をしているんだろうなと想像が広がるし、こういう人物なら確かにこのときこういうリアクションをしそうだなと思わず頷く納得感がある。

助演が多く、限られた出番と情報の中でこの役がどういう人物かを設計し、観る人に伝えるだけのアウトプットをしなければいけなかった経験が、彼の演技を分厚くさせているのかもしれない。それが主演となることで、より情報量が濃くなり、キャラクターが雄弁になる。

たとえば、少年時代の直哉が何度か登場するが、そのときの印象が現在の直哉とはまるで違う。ちゃんと表情が幼いのだ。10代特有の陰を背負いながらも、弟と一緒にいるときはお兄ちゃんらしく意識して明るく振る舞う。その健気さが短い回想シーンから伝わってくる。

そして、そこから成功体験を積み、自信を得ることで、10代の頃の繊細な面影は消え、達哉の事件をきっかけに何も信じられなくなり、世の中のすべてに唾を吐くような鋭い目をするようになった。

だけど、たとえば今回の江口和真(日向亘)との交流で見られたように、彼の中にはちゃんと十数年、兄として弟を支え続けてきた面倒見の良さは残っていて、ふとした瞬間にその気配が顔を覗かせるから、萱島直哉という人間の印象がぶつ切れにならず、彼が生きてきた人生そのものを受け手はしっかりと感じ取れる。つくりものではない、血の通った人間として直哉に感情移入できるのだ。

特に今回は怒りから悲しみまで、直哉のさまざまな表情が描かれ、山田裕貴の爆発力を存分に堪能できたが、個人的には倒れた紗枝(上白石萌歌)に何もできず、目の前で的確な処置をする優斗を見て小さな無力感をにじませるところだったり、幼い達哉に乾杯をされて、いとしさと照れ臭さの混じった表情を浮かべるところだったり、短い一瞬の場面に山田裕貴のうまさを感じた。

何よりグッと来たのは終盤の電車のシーン。川を求めて探索に出る優斗に向けて、「俺も行く」と名乗りを上げながら、葉っぱで目を隠す。あの仕草は実に山田裕貴らしい演技だし、それに対する赤楚衛二の気を許した相手にだから見せる笑顔も良かった。バディ誕生を最も強く印象づけるやりとりだったと思う。

守られる側だった丸山喜代(外海多伽子)が年長者ならではの知恵でサバイバル生活をサポートしたり、観光客の吴宇春(梅舟惟永)と宋浩然(結城駿)がお土産や衣類を提供したり、それぞれに何かしらの役割があることが描かれた第3話。その一方で謎のオーロラと緑の石の関連性が示唆されたり、8時23分の電車に乗ったとされる殺人事件の容疑者の背格好が、田中弥一(杉本哲太)の見た人物と似ていることが明らかになったり、この状況を取り巻く謎にも前進が見られた。

そう言えば、第1話冒頭で紗枝が抱いていた赤ん坊が誰の子どもかは依然として謎のままだ。ストレートに考えると紗枝の子どもなのだろうけれど、だとしたら直哉か優斗のどちらかと恋愛関係に発展するのだろうか。が、紗枝が他人の子どもを預かっている可能性もある。ならば、主要登場人物の中で今後母親になる可能性が高そうなのは、恋人のいる佐藤小春(片岡凜)か。実は小春はすでに和真の子どもを妊娠しているのだろうか。そう考えると、2人が家出をしようとしていたのも頷けるが……。

この赤ん坊こそが、先の見えないサバイバル生活を送る乗客たちの希望となるのかもしれない。