令和に観ても、やっぱり『ロンバケ』は面白いし心地いい

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令和に観ても、やっぱり『ロンバケ』は面白いし心地いい

木村拓哉が主演を務める『風間公親-教場0-』(フジテレビ系、毎週月曜21:00~)の放送を記念して、木村が山口智子と主演を務めた『ロングバケーション』が現在、フジテレビが運営する動画配信サービスFODで配信中だ。

1996年4月期に放送され、脚本の北川悦吏子を不動のヒットメーカーに押し上げた本作は『ロンバケ』の愛称で親しまれ、名作の多い90年代ドラマの中でもNo.1の呼び声が高い。その魅力を、令和の今、改めて解説してみたい。

『ロンバケ』は27年経ってもオシャレだった

配信中の『ロンバケ』を観て最も衝撃を受けたこと。それは、四半世紀が過ぎてなおまったく古さを感じさせないことだ。

もちろん時代を感じる部分がないわけではない。特に大きいのは、ヒロイン・葉山南(山口智子)の描写だろう。デリカシーに欠けるキャラクターは今なら賛否が分かれそうなところ。特に、瀬名秀俊(木村拓哉)と奥沢涼子(松たか子)にラブホテルの半額チケットを渡すくだりは、間違いなく炎上必至。他にもヘソ出しルックはザ・90年代という感じだし、恋愛ドラマのヒロインが喫煙者という設定も令和では考えづらい。

が、正直、そんなところもこのドラマの眩いパワーの前では瑣末に過ぎず、むしろ27年前の作品なのに今観てもオシャレだと圧倒されてしまう。

まずは何と言っても舞台設定。『ロンバケ』は結婚式当日に婚約者に逃げられた南が、婚約者のルームメイトだった瀬名のもとに転がり込んでくるところから幕を開ける。ファンの間で「セナマン」と呼ばれたこの瀬名のマンションが、外観も内装もとにかく洒落ているのだ。

取り壊しの決まっていた雑居ビルを使っているだけあって、見た目はオンボロ。だけど、その古さがヴィンテージ感を演出しているし、南の島を思わせる屋上の広告が不思議な開放感をもたらしていて、『ロングバケーション』というタイトルにぴったり。

インテリアは、ブルックリンスタイルの先駆けだろう。磨りガラスの木製ドアや、白レンガの室内壁、上げ下げ窓など、まるで外国映画のような雰囲気に、いつか東京に出たらこんな部屋に住みたいと憧れた視聴者は星の数ほどいた気がする。テーブル代わりのワインの木箱など小物類も洗練されていて、この部屋が『ロングバケーション』の世界観づくりを担っていた。

サントラは、ミリオンセラーの大ヒット。中でも「Close to You~Sena's Piano II」はもはやサントラの域を超えた人気で、当時、ピアノのコンクールで「Close to You~Sena's Piano II」を弾いたという人も少なくなかったように記憶している。もちろん主題歌の「LA・LA・LA LOVE SONG」はイントロを聴くだけで、心の炭酸が弾けそうな名曲。挿入歌であるSection-Sの「little by little」も気だるいニュアンスが絶妙にマッチしていて、きっと今も覚えている人が多いのでは。

正確に言うと、1996年はすでにトレンディドラマの時代ではない。とっくの昔にバブルは崩壊し、のちに「失われた30年」と呼ばれる長い長い低迷期へ、人々の生活は突入していた。

けれど、このドラマはそんな暗い時代に生まれながらも、観る人の胸を高鳴らせる輝きがあった。夢と希望と憧れが『ロンバケ』にはつまっていた。だから多くの人が熱狂したんだと思うし、その夢と希望と憧れが今も色褪せていないから、27年経ってもまるで古びることなく僕たちを甘い夢心地に浸らせてくれるんだと思う。

『ロンバケ』は何をやってもうまくいかない私たちの物語

だが、決して『ロンバケ』は強者たちの物語ではない。バブル期に全盛を極めたドラマのような、ウォーターフロントのマンションに住むカタカナ職業の若者が恋を謳歌する話ではない。確かに瀬名はピアニストで南はモデルとカタカナ職業だけど、頭に「冴えない」「落ち目の」がつくし、セナマンのロケーションは川沿いながら、決して派手ではない森下エリア。『ロンバケ』は何をやってもうまくいかない私たちの物語だった。

そして、それが新しかった。『ロングバケーション』というタイトルは、「神様がくれたお休み」という意味がある。何をやってもうまくいかないときは「無理に走らない。焦らない。頑張らない」と瀬名は南にアドバイスする。今でこそ休むことの意義は広く知られているところだけど、当時は頑張ることが美徳の世界。「ガッツだぜ!!」「TOMORROW」といった応援歌が世相を彩っていた時代だ。

そんな中で北川悦吏子は、いつも走る必要はないと説いた。そのメッセージが、今の世の中にフィットするから、令和5年に観る『ロンバケ』もたまらなく心地いいんだと思う。

だから、最初に南というキャラクターの懸念点について書いたけど、きっと今放送されても、南は受け入れられるんじゃないかと思っている。確かに南はガサツでウザいところがある。でも、根はすごくナイーブだ。

象徴的なのが、第1話。南は、瀬名のもとにかかってきた電話に出てしまい、瀬名から怒られる。他人の電話に出るなんて、無神経極まりない。だけど、彼女にはどうしても電話に出たい理由があったのだ。

その理由が明かされたとき、きっと南のことを愛さずにはいられなくなる。素直じゃないし、生き方も不器用。「三波春夫の南です」とサムい自己紹介を繰り返す南を、「イタいオバさん」と笑うことは簡単だ。でも、そうじゃない。

いっぱい傷ついて、いっぱい泣いて、たくさんの人に踏みつけられ、足跡だらけの南だけど、そのすべてが彼女のチャームポイントなのだ。

木村拓哉×山口智子という奇跡のキャスティング

そんな南を演じる山口智子は、まさにこの時代の女性たちの憧れだった。カッコよくて、可愛くて。雑草のような生命力を放ちながら、時々、淋しい猫みたいに傷ついた顔をする。男性も、女性も、山口智子から目が離せなかった。彼女の独特の台詞回しが南らしさを体現していたし、以降の女優たちの演技に与えた影響も大きかった。この葉山南と、『東京ラブストーリー』の赤名リカは、女性たちの生き方を変え、女性たちの人生をエンパワーした二大ヒロインだと思う。

そして、瀬名を演じた木村拓哉に、文字通り日本中が恋をした。ちょっと生意気なことも言うけれど、シャイで優しい年下男子に、たくさんの人が夢を見た。今や年下男子モノは恋愛ドラマの定番の一つ。その先鞭をつけたのが木村拓哉の瀬名だった。

第1話で、喧嘩の末、家を出ていった南のために、瀬名は「あること」をする。誰かのためにピアノを弾いたことがない瀬名だからこそ意味があるプレゼントに、南じゃなくても泣きたくなる。普段はどちらかと言うと良識的で、酒癖の悪い南をたしなめる側の瀬名が、涼子との恋がうまくいかなくて酔っ払うところも、とんでもなく可愛らしかった。今でも木村拓哉の生涯の当たり役として、瀬名を挙げる人は多いんじゃないだろうか。それくらい、瀬名は魅力的だった。

未見の人もまずは第1話の冒頭13分まで観てほしい。出てくるのは瀬名と南だけ。なのに、めちゃくちゃ惹き込まれる。まるで舞台劇を見ているような、2人の軽快な会話につい笑ってしまうし、この2人の呼吸がどれだけぴったりか説明しなくても伝わってくる。

こんなに最高のトップシーンを僕は他に知らない。そして気づけば、どんどん次の回が観たくなる。1996年に生まれた『ロングバケーション』は、実は令和のトレンドであるビンジウォッチング(一気見)にぴったりの作品だったのだ。

(文:横川良明)

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