『エルピス』拓朗主人公回で事態は急転直下、パンドラの箱の最後に出てきたのは武田信玄?

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『エルピス』拓朗主人公回で事態は急転直下、パンドラの箱の最後に出てきたのは武田信玄?

「マジで世界ってわけわかんねぇ」。12月12日に放送された『エルピス―希望、あるいは災い―』(カンテレ・フジテレビ系、毎週月曜22:00~)第8話では、岸本拓朗(眞栄田郷敦)が発したこの言葉の通り、世界の複雑さがありありと描かれていた。

立場が人を侵食してしまうのか

「怪しげ」ではなく「魅力的」。「忖度」ではなく「配慮」。「自分たちの立場を損ねないための努力」ではなく「堅実で丁寧」。これらは第8話内で出てきた言葉の照らし合わせ。

ものは言いようであり、立場や見方によってまったく印象は変わるのだなと改めて思い知らされた。すべては良くも悪くも受け取り方次第。まさにそれは『エルピス』のタイトル中にある「希望、あるいは災い」に通ずることだった。

今回、物語の主役である浅川恵那(長澤まさみ)はほとんど出てこない。早々にモノローグも拓朗にバトンタッチし、拓朗視点で物語が進行する。

副総理の大門雄二(山路和弘)と本城建託のつながりを突き止め、商店街で出会った謎の男(永山瑛太)の正体は、地元の有力者である本城建託の長男・彰だとわかった拓朗と恵那。さらに重要参考人の証言から被害者のひとり中村優香(増井湖々)と彰の接点が明確となった。

中村優香の遺留品に残されたDNAは、別の事件の被害者・井川晴美(葉山さら)の遺留品に付着していたDNAと一致。事件をつなげる証拠は揃ってしまった。これにより拓朗は、事件の裏にある巨大権力と対峙しなければならなくなる。しかも、ひとりで。

恵那のいる『ニュース8』にスクープを持ち込むが、番組ディレクターの滝川雄大(三浦貴大)の説明によるとVTRは放送不適切の判断が下ったとのこと。どこか他がやって、それに対する警察や政府の反応を見た上で、問題がなければ後追いで協力はできるということだが、これは本当にリアルな対応だと思う。どおりでスクープを連発するのはテレビではなく、いつも週刊誌ばかりなわけだ。

最近でも安倍晋三元首相の襲撃事件をきっかけに、いまさらながらに旧統一教会の反社会性や政治家との関係を糾弾する報道が続いているが、それらだってずっと前からわかっていたことだったはず。でも長い間報道がされてこなかったのは、やはりそこにはそれなりの圧力があったからだろう。

今やテレビのニュースは、基本的に警察や官邸発表という「担保」のある情報を流すものになってきている。それにコメンテーターが乗っかることで世論は傾き、真実はより深いところへと隠されていく。

抜けない毒針の毒が全身に回って自滅への一本道を辿っているのはなにも警察組織だけではなく、メディアもそうであり、引いてはもうこの国全体のことなのかもしれない。

恵那は『ニュース8』復帰時に「真実を伝えられないならキャスターなんて嘘つき人間」だと言っていたが、今はまた番組に飼い殺されている。8話は出番が少ない中で保身の台詞が多く語られていたが、その心の内はまだわからない。

きっと骨を折るほど内部で苦戦を強いられているに違いないが、それは拓朗にも視聴者にも見せていない。本当に今一番ヤバい状態にあるのは、恵那なのだろう。また水しか飲めていないのではないかと心配になる。

報道の裏にある事情と、簡単に変わる世論

テレビで報道できないスクープを週刊誌に持ち込み、いよいよ発売間近というタイミングで、被害者の中村優香が勤務していたデリヘルの関係者が逮捕されるニュースが飛び込む。

絶妙なタイミングで国民感情や世論を変えるような内容をぶつけてきたり、別の大きな話題をぶつけて話題をそらしたりするということも現実によくある手法だ。今回の情報に関しては、まるで殺害に至った経緯には被害者にも問題があったかのような印象を与えかねない。『ニュース8』は警察発表をそのまま伝えているから、仕掛けたのは警察だろう。

井川晴美は一部メディアで「下着を売っていた」という憶測を書き立てられ、中村優香は実際にデリヘルでバイトをしていた。被害者に対するセンセーショナルなデマと真実を1つの脚本で入れ込んでいたのにはしびれた。それが嘘でも事実でも、いずれにせよそれは殺されてもいい理由にはもちろんならないが、視聴者は2つの事件に対して同じ反応をするだろう。それは被害者や家族を苦しめる二次被害を生むこととなる。

現実として、「東電OL殺人事件」や「桶川ストーカー殺人事件」では、世論は被害者女性に対して「自業自得」とバッシングし続けた。私たちはもうそんな風に同調し、報道被害に加担してはいけないのだと肝に銘じなくてはいけない。どんな事件でも被害者は保護されるべきで、責められるべきは加害者なのだ。

私たちも誰かにとっての武田信玄になろう

そして一連の暗躍に失敗した拓朗は、大きな圧力により大洋テレビから解雇通告を受けてしまう。敵ばかりで孤立していた中でもこれまで突っ走ってこれたのは、恵那という存在があったから。でも、今の拓朗の近くに恵那はいない。

そんな心が折れそうなときに出会ったのが武田信玄……に扮した大物俳優の桂木信太郎(松尾スズキ)だった。第1話冒頭で拓朗に説教していた相手が、立派になった拓朗の成長を陰ながら見続けてくれていた。

自分の人生にさほど関わってもいなかった存在が、ひょんなところで現れて気持ちを救ってくれるということは本当にある。こんな風に自分のしてきたことが実は誰かに届いていて、その人が味方の意志を示してくれたとしたら、どんなに嬉しいことだろう。

別に責任をとってくれるわけでもなければ、問題を解決してくれるわけでも、直接的に力になってくれるわけでもない。でも、誰かに応援されたり信じたりしてもらえることは、ちゃんと生きる力となる。

私たちも同様に、誰かにとっての武田信玄になるべきなんだろう。世界はびっくりするほど敵が多く、毒に侵されている。でも、そんな世界においても桂木のように、優しさを(雑に)振りまくことには意味があるに違いない。

だってそれは誰かにとっての希望になりうるのかもしれないから。絶望があれば希望もある。それは「マジで世界ってわけわかんねぇ」につながるのだけど、だからこそ世界は素晴らしい。

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