『silent』流した涙の分だけ、私たちは佐倉想を好きになる

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『silent』流した涙の分だけ、私たちは佐倉想を好きになる

次回予告を観たときから、ついに描かれる佐倉想(目黒蓮)の苦しみにきっとたくさん泣かされるんだろうなと覚悟していた。

でも、その予想は外れた。

もちろん泣いた。いっぱい泣いた。でも泣いたのは、想の泣き顔にじゃない。想の明るい笑顔を見て泣いた。

人が辛そうにしているところより、人が幸せそうにしているところを見る方が泣けるんだな。『silent』第9話は、そんなことを知った回だった。

息子と母を隔てた、力になれないという無力感

「こっちが壊れたかな」

散らばったCDの山と、スピッツの「魔法のコトバ」が流れる中、想は自分の耳に手を当てて、そう言った。大好きな曲が聞こえないのは、イヤホンのせいじゃない。母・律子(篠原涼子)から耳が聞こえないと言われるだけで反発していた想が、そんなふうに自分の耳を故障品みたいな言い方をした。自分で自分を傷つけることでしか、状況を受け止められなかった。それが、苦しい。

「ねえ。声、出てないよね。さっきからずっと喋ってるつもりなんだけど、声、出てないよね」

あんなふうに息子に尋ねられて、母親はなんて答えればいいのだろうか。息子の前で泣いたら、認めることになる。だから泣いちゃいけない。でも、身が裂けるような苦しみをこらえることもできない。

ああいうとき、本当に思う。代わってあげられたらいいのにって。自分のこの耳を息子にあげられたらいいのにって。

ずっと律子は暗い顔をしていて。想に対して過保護で、ナーバスで。想を苦しめているのは、想のことを不幸で可哀相だと決めつけている母親のエゴなんじゃないかと思っていた。でも、そうじゃなかった。律子もいっぱいいっぱいだった。あんな息子の絶望を真っ正面から受け取ってしまったら、あらゆる苦しみからこの子を守ってあげたいという気持ちになるのも仕方ない。

「誰がどうやって力になってくれるの?」

想のあの言葉には、自分も入っている。そう律子は感じた。力になれないことをわかっているから、力になりたくて必死の8年間だった。

8年の時を経て「ごめんね」が「ありがとう」に変わる

そんな無力感から、律子もやっと解放された。きっかけは、戸川湊斗(鈴鹿央士)と笑いながら話している想の顔だった。確かに、会話の方法はあの頃と違うかもしれない。でも、楽しそうに笑い合っている屈託のない表情は、高校時代と何も変わらない。あのとき、やっと律子もまた昔の自分に戻れた。眉間に皺を寄せて、神経質に肩をこわばらせている律子ではなく、まるで少女みたいに笑う本来の律子に。

人を遠ざけ、孤独の盾で自分を守ってきた想が、耳が聞こえなくても自分は1人じゃないと気づくのに8年かかったように、律子も8年かかって、自分が安全なルートをガイドしなくても息子は自力で道を選んでいけることに気がついた。

「親だからって何でも話さなきゃダメってことないし。親だから言いたくないこともあるだろうし。それでいいんだよ」

そう言える母親に戻れた。「でも、心配はする。心配されるの嫌なのは知ってるけど」とおどけたように宣言できる母親に戻れた。

そうやってくすくすと笑い合う母子の姿があたたかくて、「声、出てないよね」と涙を流している想を見たときよりも泣けた。気のせいかもしれないけれど、この場面の想が普段よりずっとリップ音を立てながら手話で話している気がして。それが、家族の前だからのようで、余計に泣けた。

想の部屋で、姉の華(石川恋)と妹の萌(桜田ひより)が借りパクになっていたCDをめぐって大騒ぎする。それを階下のキッチンで、律子と父・隆司(利重剛)が聞いている。想の耳は聞こえなくなったけど、3人集まるとうるさいのは何にも変わらない。

僕は知らなかった、子どもたちの賑やかな足音が、親にとってどれだけいとおしいものなのかを。ようやく訪れた雪解けのときを噛みしめるように目を閉じる律子の横顔は、とても幸せそうだった。

そして、車の中のシーン。8年前、故郷を離れる想が律子に告げたのは、「ごめんね」だった。でも8年の時を経て、想が伝えたのは「ありがとう」。学校のことも、彼女ができたことも母親に話すことはない息子の、8年分の想いがこもった「ありがとう」。

やっぱり母親は息子の前では泣かない。だって、母親だから。その代わりに「行ってらっしゃい」と見送る。大きくなった息子に母親ができることなんて「おかえり」と迎えることと「行ってらっしゃい」と見送ることくらいなのかもしれない。他に何もできなくていい。力になんてなれなくていい。

それだけでじゅうぶん力になる。きっとそれが親子なんだと思う。

そして私たちはいたずら好きの想と再会する

東京に帰ってきた想は青羽紬(川口春奈)に会いに行く。ずっと避けていた音楽に、想はまた関わりはじめる。もうメロディを聞くことはできないかもしれない。でも歌詞カードを開けば、大好きな言葉がある。リーフレットのデザインが、紙の手ざわりが、そこに並んだ文字が、音の代わりにメロディを感じさせてくれる。失ったものは確かにある。だけど、たとえ何かを失っても、変わらずに残り続けているものものあるのだと、そう気づかせてくれるような音楽との再会だった。

湊斗から8年越しに渡されたメモを紬に見せるところなんて、想はいたずらっ子みたいによく笑っていて。そうだった、想はこんなふうに笑う人だったと胸が温かくなる。だって、想は紬の告白をきっと聞いたはずなのに、わざと聞こえないふりをして、もう一度言わせるような男の子なのだ。湊斗の呼びかけを無視して、こらえきれないように笑って振り返る男の子なのだ。そんないたずら好きの想が帰ってきたみたいで、メモを取り返そうとする紬の手をくすくすと笑いながら避ける想を見ながら、泣くシーンじゃないのに、またぽろぽろと涙がこぼれてきた。

でも、それは今までみたいに悲しい涙じゃない。頬をくすぐるような温かい涙だ。こんな涙ならいつでも何度でも流したい。流した涙の分だけ、また想を好きになっているだろうから。

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