『エルピス』事件の変化で見えてきた、“さびしい男”拓朗の執念と“忙しい女”恵那の難渋

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『エルピス』事件の変化で見えてきた、“さびしい男”拓朗の執念と“忙しい女”恵那の難渋

「ボケてるふりして考えることから逃げたいんですか?」。12月5日に放送された『エルピス―希望、あるいは災い―』(カンテレ・フジテレビ系、毎週月曜22:00~)第7話では、この岸本拓朗(眞栄田郷敦)の言葉が浅川恵那(長澤まさみ)だけでなく、視聴者みんなに突き刺さることとなる。

刑事事件に関わる組織それぞれの思惑と裏事情

第7話は八頭尾山連続殺人事件について、裁判所、警察、検察それぞれの内情が描かれていた。事件が発生した八頭尾山が、大門雄二副総理(山路和弘)の地元選挙区だと気づく恵那。権力者のもとにはとんでもない頼み事がまわってくることがあるらしいが、実際の殺人事件に政治家が関与していたとしたら、警察にとってはタブー視される事件だというのも納得できる。

そこに松本良夫死刑囚(片岡正二郎)のDNA再鑑定が行われるというニュースが飛び込んでくる。木村卓弁護士(六角精児)いわく、退官する裁判官が置き土産としてまれに「奇跡的な決断」をくだすことがあるらしい。自分に不利益がないと判断できた時点でしか、裁判官は良心的な決断ができないのか……。そもそも裁判官の機能不全もしっかり問われるべきだと思う。

さらに拓朗の母・陸子(筒井真理子)いわく、「日本は検察のほうが圧倒的に強いから、検察が嫌がる決定を裁判官はできない」らしい。であるなら、温情でくだったDNA再鑑定をしたとしてもやはり、検察側が事実を捻じ曲げる可能性も大いにある。

日本の刑事事件における裁判有罪率が99.9%だという話は、本作プロデューサー・佐野亜裕美が手掛けた『99.9-刑事専門弁護士-』でも扱っていたテーマだった。そこにある落とし穴は、一旦起訴されると、検察の考えたストーリーが正しいと鵜呑みにされがちなこと。

実際に行われた再鑑定は、弁護側は松本とDNAは不一致だったが、検察側はDNA未検出という結果にわかれ、「再鑑定不能」となった。真実の扉は開いて閉まるの繰り返しだ。

警察側はというと、以前話を聞いたときに冤罪を否定していた警部補の平川勉(安井順平)が再登場。金銭を要求し、拓朗に情報提供を申し出る。平川いわく松本は無実で、上層部は真犯人を知っているらしい。

まだ警察内部の人間でありながらの内部告発となると、善人の行動のようにみえるが実際はどうだろう。50万円を受け取りながら自分は「正義側の人間である」というのはなんだか違う気がする。

しかし、大きな組織の中では、思考停止をしないと自分が生きていけないというのもわかる。真実を「知ったら余計な悩みが増えるだけ」というのは平川の本音で、自身も組織の中では毒の回った頭で走り続ける死にぞこないになるしかなかったのだろう。

ただこのタイミングで情報提供するということは、平川もDNA再鑑定をくだした裁判官のように自分が不利益を被ることがない保証がなにかあるのかもしれない。でなければこんなに危ない行動はとれないはずだ。

刑事事件に関わった組織それぞれの内情が回を追うごとに出揃ってきた。ただ、そこにきてまだ松本死刑囚の気持ちが一切描かれていない。逮捕から12年経ち状況の変化は目まぐるしいが、本人は一連のニュースをどう受け止めているのだろう。

拓朗と恵那と斎藤、それぞれの変化

「組織っていっぱい人がいるでしょ。そのいっぱいの人が全員まったく同じ考えなわけないじゃん?」「物事がどっちに動いていくのか。善か悪か。公正か不正か。どっちが選択されるのかはそのときの流れや空気で決まるんだよ」「本当は多くの人の中に良心が眠っていてチャンスを待っているんだって」。恵那が言った綺麗事とも捉えられてしまう言葉に、拓朗が返したのが冒頭に記した台詞だった。

何度でも記して自分にも問いたい。「ボケてるふりして考えることから逃げたいんですか?」。

社会の残酷さや組織のろくでもなさを存分に味わってきたからこそでた、拓朗の言葉。考えないのは、「平和ボケ」そのもので、私たちもそうやって平和ボケしながらいろいろなことを考えずに逃げることで毎日を送っている。

たとえばどう考えても絶対に「悪」だと思える戦争がいつの間にか始まってしまうのは、政治の責任だけではなく、私たち一人ひとりの責任でもあるのだろう。私たちも流れや空気を醸成させる力を持っている。

日本が戦争に突き進んだのも、敗戦は決定的だったのに闘い続けたのも、そこに「空気」があったからだ。考えずに流された結果、戦場の最前線に送られていった一般市民が、万歳三唱して送り出した一般市民が、どれだけいただろう。そしてそれは過去の話ではなく、気づかないうちにまた起こることなのかもしれない。

恵那は「忙しい」を理由に正しさから遠ざかっていく。しかしこれは、報道の現場だけでなくあらゆるところで起きている。事実みんな「忙しい」のだ。物事を自分の望むペースで進めていないほど忙しくさせられ、何も考えさせないようにしている大きな何かが、いろいろな組織の裏にある。

一方で斎藤正一(鈴木亮平)は、政治ジャーナリストとして情報番組のコメンテーターになっていた。テレビ映えする爽やかな男が、わかりやすく政治を語る。メディアはこの逸材を放っておかないだろう。きっと好きなコメンテーターランキング上位に食い込み、その理由のトップに「イケメン」「発言がわかりやすい」の文字がくるのが想像できる。

テレビで「増税のメリット」について若い女性タレントに講釈を垂れる姿はさまになりすぎていた。政治家の息のかかったコメンテーターたちがテレビで世論を誘導する場面というのは、実際によくあること。「増税にはメリットの面もある」「他国に比べたらまだ低い」と口当たり良く増税の正当性を述べることで、権力者に都合のいいような思考停止した民衆を育てていくのだろう。

清濁併せ呑む器や機転の利く頭を持ち、説得力のある発言ができる斎藤は、政治の才能が本当にあるのだと思う。あふれる才能は、自分では止められない。そんな逸材を権力は見逃さないだろうし、それは取り込みたいと思うに違いない。

3人の立場はそれぞれに別れた。“さびしい男”拓朗は執念に燃え、“忙しい女”恵那は膠着状態のままもがき、“さびしく忙しい男”斎藤はすべてを肥やしにして躍進していく。結局、権力側の人間は強い。

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