『エルピス』事件当日の流星群と恵那の薬指に輝くダイヤモンド、それぞれの輝きが示すものとは?

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『エルピス』事件当日の流星群と恵那の薬指に輝くダイヤモンド、それぞれの輝きが示すものとは?

「知られたくないやつと、教えたくなかった人と、知らなくていい人や知りたくない人に、真実は嫌われて、叩かれ、押し付けあわれたあげく、また闇に押し込められたまま、明日は世界も平和なふりをしてまわるのだ」。闇にあるものは理由があってそこにある。『エルピス―希望、あるいは災い―』(カンテレ・フジテレビ系、毎週月曜22:00~)は前回の第4話から急展開をみせていた。

松本良夫死刑囚(片岡正二郎)の再審請求棄却と、それにより責任を感じたチェリーこと大山さくら(三浦透子)が自殺を図る(未遂に終わってよかった……)という衝撃が続いたのだ。

そして11月21日に放送された第5話では、ついに闇に覆い隠されようとしている真実に一筋の光が差し、夜明けの兆しが現れる。

拓朗の執念がついに新事実を呼び起こす

第5話のキーマンは岸本拓朗(眞栄田郷敦)だった。同級生のいじめを助けられなかった自身の過去と向き合った拓朗は、以前の浅川恵那(長澤まさみ)のように、いろいろなものを飲み込めなくなっていた。

そこにいたのは見違えるように痩せこけて、ひげも伸ばしっぱなしで、鋭い目が際立つ男。1週間でものすごい変貌ぶりだ(眞栄田郷敦は一体、何kg体重を落としたのだろう。数々の作品で役作りの肉体改造をしてきた鈴木亮平もいる現場だからこそ、そこは力が抜けなかったはず)。

今は行き場のない正義感を手当り次第にぶつけ、がむしゃらになる瞬間にだけ生きている実感がもてる。ランナーズハイで疲労感や焦燥感を隠さなければ自分を保てないまでに、拓朗は憔悴していた。

ただ、そのおかげで大きな手がかりを得ることとなる。近隣住民の証言と食い違っているのにも関わらず、警察が信用したのは西澤正(世志男)という男の目撃証言だったことに疑問をいだいた拓朗は、西澤の別れた妻の接触に成功。その口から語られた真実は、西澤が金を受け取って嘘の証言をしていたことを裏付けるものだった。逮捕の決め手となった重大な目撃証言が虚偽だとしたら、再審への足掛かりになるかもしれない。

そもそも拓朗が1人で真相解明に突き進むことになったのは、『フライデーボンボン』の八頭尾山連続殺人事件の企画続編は正式に局から制作中止を言い渡されてしまったから。あらがえない大きな力に脅威を感じた恵那は、制作中止の理由を聞かないまま上層部の決定を静かに受け入れた。報道局から横槍が入ったことを察したからだ。

ではなぜ報道局が底辺バラエティ番組に圧力をかけたかというと、それは警察や検察からプレッシャーがかかったから。もともと大手メディアの扱う情報は、官庁群発信が多い。それぞれの省庁の広報や記者クラブというシステムを経て情報がマスコミに渡り、それらがニュースを飾っている。国家権力の圧力により、それらの情報を提供してもらえないとなれば、大変困ってしまうのだ。

事件の冤罪の可能性を報じる記者や大手メディアは少ないのは、国と真正面からぶつかりたくないからだろう。冤罪を追求するということは、容疑者を逮捕する警察とも、起訴する検察とも、判決を下す裁判所とも争うこと。おそろしくてなかなかできたものではない。

この何層にもまたがるパワーバランスが、深夜のバラエティまでに影響を及ぼしているなんて、考えるだけでもおそろしい。

同じ幸福は見せてくれない、流星群とダイヤモンド

西澤の元妻の口から印象的に語られていたのが、「たいした話でない」という前置きの上でこぼれ出た「しし座流星群」のエピソードだった。

西澤のDVという身近な暴力や恐怖にさらされ続けた元妻。事件の日も西澤は家で酔っ払って暴力をふるい、そのまま眠っていた(だから松本を八頭尾山で目撃なんてできない)。泣きながら荒れた部屋を片付けていたところ、テレビを見ていた息子がニュースで「今日はいっぱい流れ星が見られる」のだと知る。

事件の犯人はロリコン男の仕業だと煽り、冤罪の片棒を担いだかもしれないテレビ。それは誰かの人生を陥れる危険性もあるものだが、この日一家はテレビのニュースで得た情報に救われる。

その夜、子供たちと一緒にみた流れ星は家族に希望を与えて、元妻は暴力のなかでも子供を守って生きようと決意する。同じように、同日の同時刻にどれだけの人たちが空を見上げて星の輝きを追っただろう。

天体ショーがニュースとなる日、外に出ると同じように空を見上げている人たちをたくさん目にする。あの瞬間なんだか嬉しくなるのは、なんでだろう。私は1人じゃないと思わせてくれるからだろうか。

みんなが空の光に希望を見出そうとした夜、被害者の瞳は永遠に光を失った。その対比はとてもやるせない。しかも対比はそれだけではない。その後に流れたのは、恵那と斎藤正一(鈴木)が一緒にいるプラネタリウムの人工的な星空の流星群だった。

しかも2人は、その流星群を眺めることもなく安らかに手をつないで眠っている。さらに恵那の左手の薬指には、斎藤からもらったであろうダイヤモンドが光っていた。

しし座流星群で救われた親子と、しし座流星群を見たくて見れなかった被害者、そしてしし座流星群にも気づかない恵那と斎藤。同じように光る星とダイヤモンドだけど、その輝きが示すものは、まるで違う。

まるでよりを戻したかのように、食事に行ったりプラネタリウムに行ったり、幸せな時間を過ごす2人。その穏やかな光景は、優しい音楽に包まれている。普通の恋愛ドラマならば幸せな時間としてうれしく見ていられるのに、ずっと緊張感をまとっているように見えてしまう。

それはこの関係性のなかに、斎藤の思惑を勘ぐってしまうからだ。斎藤がかわいがられている副総理の大門雄二(山路和弘)は、警察に多大な影響力を持つ元警察庁長官だった。今回の事件と大きく関わりのある人物の近くに、斎藤はいる。

もちろんマスコミの人間として、取材先である権力側の懐に飛び込み、“こいつには話してやろう”と思ってもらえるほどの信頼関係を政治家と築き、特別な情報をリークしてもらおうとしている可能性もある。権力をチェックし、国民の知る権利に応えるのがマスコミの義務だから。

しかし、ものすごい権力を持っている人に好かれようとするあまり、取り込まれてしまうということも十分にある。友好関係を尊重するあまり、相手が嫌がることは報じない、黙殺するということもない話ではない。

それはジャーナリズムに欠かせない批判精神を失い、権力の飼い犬になることを意味する。権力側がマスコミ(斎藤)を監視下に置こうとしているように、斎藤も恵那を手中に収めて監視下に置こうとしているとしたら。その幾重にもなる構造はあまりに残酷で虚しい。

最後に、ドラマではなく現実にあった事案についても触れておきたい。2020年5月、検察権力のトップに最も近い位置にいた、当時東京高検検事長だった黒川弘務が、マスコミ関係者である新聞記者ら3人と賭けマージャンをしていたという報道が週刊文春であったことを覚えているだろうか。

記者自身は目の前で犯罪行為を目撃していたのに、なぜ自ら報道しなかったのだろう。それは密着取材ではなく、権力と癒着し、何も報道できなくなっていたことを意味するのではないだろうか。マスコミと権力の癒着により闇に置かれたままの事件が一体いくつあることだろう。そのことも思わずにはいられなくなる。

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