『silent』湊斗くんが最後にポニーテールの話をした理由

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『silent』湊斗くんが最後にポニーテールの話をした理由

あのとき、湊斗(鈴鹿央士)はどうして「最後にいい情報」と言って、想(目黒蓮)の好きな髪型がポニーテールであることを教えたんだろう。

最初は、友達に戻った証なんだと思っていた。想に彼女はいないよと教室で話したあの頃のように戻る合図なんだと思っていた。

でももう一度観て、少し考えが変わった。

あれは、湊斗くんの最後の“イジワル”だ。優しい、優しい、湊斗くんの、愛情たっぷりの“イジワル”。

silent』(フジテレビ系、毎週木曜22:00~)第5話は、紬(川口春奈)と湊斗の別れを描いた回となった。

ポニーテールを結うたびに、自分のことを思い出してくれたらいい

湊斗と別れの電話を交わした次の日、想に会いに行くために身支度を整えていた紬は、長い髪をポニーテールに束ねてから、ちょっと笑ってほどいた。あの瞬間、思い出したのは湊斗の言葉だ。

きっとこれから紬はポニーテールをするたびに湊斗のことを思い出す。それが、湊斗の最後の願いだったんじゃないかな。

2人でいるとき、ずっと湊斗は想の影に怯えていた。スピッツも、コンポタも、紬にとっては想との思い出を呼び起こすものだった。紬は、そういう女の子なのだ。思い出を、とても大切にする。湊斗に初めて可愛いと言ってもらえた100均の髪留めをずっと大切にするような。湊斗と別れたあと、一緒によく食べたハンバーグを、湊斗の大好きなパンダの形にしてつくるような、そういう女の子。それを、湊斗もよくわかっていた。

真子(藤間爽子)も言っていた。紬は、独り言みたいに湊斗の話をすると。紬の無意識のどこかに湊斗は息づいている。電話を切る前、湊斗は真子の言葉を思い出したんじゃないかな。それで、ポニーテールの話をした。

これから紬がポニーテールを結うたびに自分のことを思い出してくれたらいいな、と。自分の横にいた紬が、スピッツを聴きながら想のことを心ひそかに想っていたように。もし想が隣にいたとしても、ポニーテールをしているときはこっそり僕との日々を思い返してくれたらいい、と。

別れのキスもないまま終わった恋に、そっと自分の痕跡を残すように、湊斗はポニーテールの話をした。

性格がいやらしすぎるかもしれない。でも、別に湊斗くんは優しいだけの男じゃない。紬が歌詞カードに忍ばせた手紙を黙って捨ててしまうような卑怯なところもあるのだ。主成分は優しさ。残りは、臆病さと卑屈さ。それが戸川湊斗だとしたら、そんな“イジワル”も湊斗くんらしい気がする。そして、そういう湊斗くんだから、紬も、たくさんの視聴者も、好きになったんだと思う。

9度の「うん」で心の揺れを表現する鈴鹿央士の繊細な演技力

とにかくこの5話は、紬と湊斗の最後の電話シーンが圧巻だった。

光(板垣李光人)に座るように促されてから、次に湊斗のアップになるまでの3分55秒、カット割りは1度スマホがアップになっただけ。あとは、ただ話し続ける川口春奈を定点で捉える挑戦的な演出。そして、画変わりがない中、画面を持たせる川口春奈の引力に吸い込まれる。

さらに秀逸なのが、一切表情が映されることのない鈴鹿央士の受けの芝居だ。この間、台詞は「うん」という相槌が9回続く。その「うん」のひとつひとつに、湊斗の気持ちが痛いほど乗っていて、胸が締めつけられる。個人的には5度目の「うん」の生々しさに震えた。自分もかつて別れ際にこんな「うん」を言ったことがあるような、あるいは聞いたことがあるような切実さに満ちていて、鈴鹿央士の緻密で繊細な表現に呑まれそうになる。

そこからやっと湊斗の表情が映し出される。そのときの泣き顔がたまらない。ずっと湊斗は今どんな顔をしているんだろうと想像をめぐらせていたからこそ、不意に映し出された湊斗の涙に胸を衝かれてしまう。

この大胆なカット割りで勝負した風間太樹監督のセンスと、それに応えた川口春奈、鈴鹿央士の感性に喝采を送りたい。現実的な話、電話シーンの撮影は、目の前に直接相手がいるわけではないので、キャッチボールで感情を膨らませることができない分、より演者の想像力が必要になってくる。だけど、2人のやりとりは本当にそこで電話をしているように自然だったし、視聴者の記憶のとても敏感な場所にある、大切な誰かとの最後の電話を甦らせるようなリアリティがあった。いつかこの『silent』を振り返ったとき、必ず思い出す名場面になったと思う。

26歳から始まる恋には、秘密があるくらいがちょうどいい

紬と湊斗の付き合いは、決定的な何かがあって始まったわけじゃない。だからこそ、2人にとって呼び名が何よりも大切だった。

硬めの歯ブラシを「青羽のでしょ」と言う湊斗と、「戸川くんのこと、好きだったよ」と伝える紬。それぞれが、それぞれのタイミングで区切りをつける。荷物を引き払うときは、あんなに別れたか別れていないのか曖昧だったのに、紬が「戸川くん」と呼んだ瞬間、すべてが終わったことが一瞬でわかってしまう。くどくどと説明せずとも、心情の移ろいがすっと入ってくる生方美久の脚本には毎回驚かされっぱなしだ。

顔の見えない電話は、嘘をつくにはぴったりのツールなのかもしれない。「顔見たら泣いてた」と涙をこぼしながら強がる湊斗と、「なんで泣くの? 意味わかんない」と言いながら自分も泣いている紬。お互い相手が泣いていることはわかっている。でも、泣いていることにあえてふれないままにする。3年分の以心伝心は、伊達じゃない。

きっと人はそうやって嘘をついたり秘密を抱えたりしながら、大人になっていくのだろう。

そういう意味では、紬もまたひとつ秘密ができた。ラストで想と落ち合ったとき、紬がなんだか大人に見えた。同じ場所で、初めて手話を披露したときの、あの咲きたての花のような可愛さじゃなくて、どこか風を受けながらもすっと立つ草木のような美しさがあった。そして、これから行く店を「ハンバーグ以外にして」とお願いする。

きっとこれからどんなに想と深く愛し合っても、紬は想と2人でハンバーグを食べることはないんじゃないかな。その理由を、想に明かすこともないと思う。

でも、それでいい。だって、18歳の恋じゃないんだから。26歳になったこれからの恋には、多少の秘密があるくらいがちょうどいいのだ。

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