誰かちゃんと想の言葉を聞いてほしい『silent』が示す世界の分断

公開: 更新:
誰かちゃんと想の言葉を聞いてほしい『silent』が示す世界の分断

「手話ができるってだけでわかった気になりたくないんです。どうしたって僕は聞こえるので、ろう者同士みたいにわかり合えないんです」

そう春尾正輝(風間俊介)は言った。他人の苦しみなど、簡単にわかるはずがない。もし分かち合えるとしたら、同じ苦しみを持つ者同士だけ。確かにそれはその通りなのかもしれない。

でも江上美央(那須映里)が中途失聴者である佐倉想(目黒蓮)のことを「私たちとは違う」と線を引き、「理解し合えないことあって当たり前だよ」と言ったように、同じ苦しみを持つ者の間でもまたいくつもの分断がある。

ならば、私たちはわかり合えない生き物なんだろうか。『silent』第4話から浮かび上がったのは、この世界に刻まれた無数の分断線だった。

湊斗が初めて自分から告げた意志は、別れだった

「周りはどう思っていても、俺も紬も好きで一緒にいるから」

そんな自分の言葉を自分で裏切るように、戸川湊斗(鈴鹿央士)は別れを選んだ。別れの理由は「好きな人がいるから」。かつて想が選んだのと同じ理由だった。この「好きな人」は青羽紬(川口春奈)のことでもあるし、想のことでもあると思う。

2人が並んで話している姿が、8年前、こっそり見ていた橋の上の2人と何も変わらなさすぎて、紬の隣にいるべきは自分じゃないと思った。紬は湊斗のことを「人のために優しさを全力で使っちゃって、自分の分残すの忘れちゃう人」と話していたけど、その言葉通りの選択だった。

でも、この決断が優しさなのかと言われたら、よくわからない。紬の気持ちも、想の気持ちも、無視しすぎているように思う。紬はちゃんと湊斗のことが好きだし、想だって湊斗が身を引いたからと言って、あっさり紬をかっさらえるほど自分勝手なやつじゃない。

むしろ勝手なのは湊斗の方で。自分が傷つくのが嫌で、自分から逃げた。このまま一緒にいて、どんどん想に気持ちが傾いていく紬を見るのが怖いから、いつか紬の方から別れを切り出されるのが辛いから、自分から手を離した。

自信がなさすぎる湊斗は、結局自分を守るのでいっぱいいっぱいだった。行きたい場所も、食べるものも全部紬の好きなようにしていいと言っていた湊斗が、初めて自分から告げた意志が別れだなんて残酷すぎて、湊斗くんのバカって画面の中の人間なのになじりたくなった。

想は、元には戻れないことを知っている

一方で、想の気持ちを誰がわかってあげられているのだろうと、少し怖くもなった。思えば、紬と再会してから、想は周りに気持ちをぶつけられてばかりだ。はっきりと自分の感情をあらわにしたのは、最初のあの「お前うるさいんだよ」の手話だけ。それ以外の想はいつも曖昧に笑ってばかりだ。

自分が聴力を完全に失った3年間を、紬は楽しく幸せに生きていたと聞かされたときの、あの安堵と痛みが入り混じった表情。ぎこちなく口角を上げようとして、でもうまくできなくて、何かをこらえるように頷いた。そして、視線を落としたあとの、やるせない笑み。想の切り刻まれた心がそのまま映し出されたような表情だった。

フットサルも、そんなに行きたそうには見えなかった。想は、人の負担になることをすごく嫌がる人だ。病気のことを言わずにみんなの前から姿を消したのも心配させるのが嫌だったからだし、きっとこれまでも耳のことで同情の視線を浴びたり、気遣いという名の戸惑いを向けられたり、すり減ることも多かったんだと思う。ただ静かに生きたいと願っている人の手を無理に引っ張って賑やかな場所に連れ出すことが、友情や優しさなのかは、僕にはよくわからない。

そもそも聞こえないという世界を、聴者が完全に理解できるとは思えない。紬の部屋で湊斗と話しているとき、ビールを取りにほんの少し湊斗が席を外しただけで、もう湊斗が何を言っているのかもわからなくなった。あのときの無音の怖さは想像以上だった。誰が何を喋っているのかわからない。どこで何が起きているのかわからない。その恐怖を知らないで、8年前と何も変わってないなんて口が裂けたって言えない。

湊斗は元に戻りたいと言う。確かに湊斗からすれば、想との交流が復活して、紬と想がまた付き合いはじめたら全部元通りなのかもしれない。でも、想からすれば決して元通りではないのだ。自分の耳はこのままずっと聞こえない。それを無視して元通りというのも乱暴な話だろう。

ましてや湊斗は結局手話のひとつもまだ覚えようとしていないのに。音声入力アプリのおかげで湊斗は自分の気持ちを好きに伝えられるかもしれない。でも、想はたった一文の返事をするだけで時間がかかる。アプリがなければ、途端に湊斗が何を言っているのかもわからなくなる。

なんだか想自身の“声”を誰も聞いていない気がする。そもそも想は何の話がしたくて紬の部屋を訪れたのか。それさえも曖昧なままだ。想自身が何を考えているのか。どうしたいのか。誰かちゃんと聞いてあげてほしい。

これが聴者とろう者の壁なのだとしたら。確かに春尾の言う通り、ろう者同士の方が幸せなのかもしれない。でも、気持ちがすれ違ったまま紬と湊斗の関係に終止符が打たれようとしているように、聴者同士だからと言ってわかり合えるわけでもない。

じゃあ、わかり合うために何が必要なのか。その問いを考えはじめたとき、想のあの作文がリフレインする。

「言葉は何のためにあるのか」

分断線を超えるために必要なのは、自分の気持ちをぶつけるための言葉ではなく、相手の言葉を聞くことなんじゃないだろうか。

PICK UP