『オールドルーキー』が証明した綾野剛の俳優力、“むき出しの感情”を体現

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『オールドルーキー』が証明した綾野剛の俳優力、“むき出しの感情”を体現

オールドルーキー』(TBS系)が、9月4日に最終話を迎えた。37歳でサッカー選手を引退し、経験ゼロからスポーツマネジメントという裏方の世界に飛び込んだ新町亮太郎(綾野剛)の挑戦は、どんな放物線を描き、ゴールネットを揺らしたのか。

誰かの本気が、見ている誰かの本気に火をつける

日常でガッツポーズなんてすることは滅多にない。でもスポーツを見ていると、思わずガッツポーズをしたくなる。両手を突き上げ、何度も何度もジャンプする。このむき出しの感情はスポーツならでは。『オールドルーキー』はいつも、このむき出しの感情に迫っていた。

新町がフェンシング選手・三咲麻有(當真あみ)に勝負を挑んだときも、それを見ていた城拓也(中川大志)が「次は僕と勝負してください!」と申し出るときも、車いすテニス選手・吉木修二(福山翔大)が日本オープンに臨んだときも、それを観戦していた梅屋敷聡太(増田貴久)も、気づけばみんな本気だった。誰かの本気が、見ている誰かの本気に火をつけた。そうやって広がる熱の渦に視聴者も巻き込まれていた。だから、いつも『オールドルーキー』を見終えたあとは爽快な心地良さがあった。主題歌の「雨燦々」が流れるたび、自分の体がほのかに火照っていることに気づいた。

『オールドルーキー』は、人を動かすのは本気の感情だということを描いたドラマだった。

自分のためではなく、誰かのためにどこまで本気になれるか

「ビクトリー」に入社してからの3か月、新町は様々なアスリートと出会った。経験ゼロの新町をどうしてアスリートたちは信用したのか。答えは、新町が常にアスリートのことを一番に考えて行動していたからだろう。スケートボード選手・牧村ひかり(佐竹晃)のときは海外への拠点変更を望むひかりのために、あえて競合会社との契約を提案した。水泳選手・麻生健次郎(渡辺翔太)のときはドーピングの疑いを晴らすために神戸まで赴き、調査をした。

新町は損得なんて考えない。いつだってアスリート本人が何を望んでいるのか。アスリート本人にとって何がベストなのかを考えていた。綺麗事かもしれない。実際のビジネスではそんなにうまくはいかないのかもしれない。

でも人と人が付き合うとき、一番大事なのはどれだけ相手を思えるかだ。フォア・ザ・チーム。そう新町は言った。自分のためではなく、誰かのためにどこまで本気になれるか。

『オールドルーキー』は、人をつなぐのは、打算も見返りもない、他者への献身だということを描いたドラマでもあった。

人は成長できる、いくつになっても、いつまでも

人生のピークはいつだろう。特にアスリートの場合、肉体的・技術的な全盛期は明確にあり、ピークアウトすれば、あとは緩やかな下り坂だ。アスリートじゃなくたって、一番輝いていた頃の自分がいつも前方を走っていて、どれだけ追いかけても追いつけないという人は少なくない気がする。新町だって「ビクトリー」に入らなければ、そんなふうに過去の栄光に縋る人生だったかもしれない。でも、新町は変わった。

「誰かを応援するって、こんな幸せなんだなって」
「人生最高の瞬間に出会えたんです」

そう胸を張る新町の顔は輝いていた。3か月前、突然チームが解散となり、路頭に迷っていた頃とは別人のようだ。どうして新町は変われたのか。いや、正確に言うと、変わったわけじゃない、戻っただけだ。「I have a dream」と胸を叩き、拳を突き出していたあの頃に。夢を持ち続ける限り、人生は常に今が黄金期なのだ。

最終話のラストで新町はパソコンに向かう。キーボードを打つ指は相変わらず人差し指1本。ブラインドタッチには程遠い。だけど、第1話で「サッカー 代理人」と打ったときの新町は片手だった。それが今は同じ指1本でも両手になっている。そうやって人は成長していけるのだ、いくつになっても、いつまでも。

『オールドルーキー』は、人の可能性は無限にある。夢さえ失くさなければ、何度でも黄金期はやってくるということを描いたドラマだった。

綾野剛の澄んだ目が、視聴者の心を射抜いた

そんな『オールドルーキー』は毎回、爽やかな熱風が吹き込むようなドラマだった。最終話のハイライトは、Jリーガーである伊垣尚人(神尾楓珠)の海外移籍を懸けた日本代表戦。気持ちばかりが急いて、プレイに結びつかない。ピッチの上でもどかしそうに息を切らす伊垣に向かって新町は叫ぶ、「自分を取り戻せ」と。そのエールに伊垣は思い出した。試合の前に新町からもらったアドバイスを。胸に手を当て、深呼吸をする。フォア・ザ・チームの精神を取り戻した伊垣は前半とは見違えるように躍動。海外移籍の夢へとつなげた。

伊垣の活躍を自分のこと以上に喜ぶ新町、深沢塔子(芳根京子)、城たち。その熱狂ぶりがまるで本物の試合を観ているみたいで、むき出しの感情を爆発させる俳優たちの演技に心を持っていかれる。

中でもやっぱり綾野剛が、この作品の柱だ。新町を演じる綾野剛の瞳はいつも澄んでいた。『アバランチ』であんなに荒んだ目をしていた人と同一人物とは思えないくらい、ピュアな瞳だった。だから、綾野剛の演技はいつも視聴者の心をまっすぐと射抜く。代表戦でゴールを決めたときの新町のシュートみたいに。

ピッチの上で自由に駆ける伊垣にありし日の自分を重ねる新町。彼は知っている、あの場所でプレイすることがどんなに楽しいか。もっと前なら、自分もあの場に立ちたかったと未練をにじませていたかもしれない。でも今の新町は違う。ピッチの外で応援する人生もまた最高の人生なんだと知っている。新町がデリバリーのバイトをしていたときもちっともくすぶっていなかったのは、裏方の世界にふれたことで、どんな場所にも、どんな仕事にもやりがいや喜びがあることを知ったからだと思う。

くしゃくしゃになってエールを送る表情も、止まらない涙も、それを拭う仕草もすべてが本物だった。綾野剛が演じたことによって、「I have a dream」というこのドラマの本質が完成された。

『オールドルーキー』は、綾野剛が余人をもって代えがたい俳優であることを証明したドラマだった。

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