『初恋の悪魔』好きと痛みにさほど違いはない。溢れる坂元裕二の名言の数々

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『初恋の悪魔』好きと痛みにさほど違いはない。溢れる坂元裕二の名言の数々

「人を好きになるということは、傷をつくることだ。好きと痛みにさほど違いはない」

恋を知らぬ鹿浜鈴之介(林遣都)は、そう結論づけた。それは、ブランコの高さを競うことが恋人の定義だと信じ込んでいた頃よりもずっと現実的で。摘木星砂(松岡茉優)と出会ってから、彼が「好き」と「痛み」の間で翻弄された証左に思えた。『初恋の悪魔』第4話は、そんな恋の痛みが描かれた回だった。

制裁の矢は大衆を貫き、恋の矢は孤独な男たちの心を射抜く

恋をすると、人は滑稽になる。普段の自分ならしない行動に出て、自分で自分のことがわからなくなる。今回で言えば、小鳥琉夏(柄本佑)がそうだろう。堅物で理屈っぽい彼も服部渚(佐久間由衣)が絡むと愚かになる。摘木に「会計課だから数字が得意だろ」と決めつけられると早口で猛反論するのに、服部にすがられると「得意じゃないと言ったら嘘になっちゃいますよ」と吉本新喜劇ばりの手のひら返しをする。

人間からお風呂とお布団を奪ったら殺し合いになると主張していたのに、徹夜で数字クイズを解き明かし、立入禁止の警告を無視してフェンスを乗り越える(そして、その横で摘木は普通に扉を開けて中に入る)。滑稽だ。とても滑稽だ。

恋は人を歪ませる。服部を傷つけた犯人を憎むあまり暴走し、見当違いの犯人像をつくり上げ、その推理は無様に崩壊する。恋の前では、誰しもポーカーフェイスではいられない。住宅街で立ち尽くす小鳥は普段の飄々とした姿とは別人で、柄本佑のうなだれた猫背がこの第4話に今までにないやるせない後味を残した。

一方、恋をすると根拠不明の全能感に満たされる者もいる。馬淵悠日(仲野太賀)は案外そういうタイプなのかもしれない。摘木を前にすると、悠日は妙にカッコよく見える。自分の中に眠る知らない自分を恐れる摘木は、悠日に「嫌な気分だろ、そういう急に別人がアレするようなヤツは」と尋ねる。すると、悠日は目も合わせず、カレーを食べながら答える、「嫌そうに見えます?」と。そのいかにも何でもないと言った口ぶりが絶妙で、ああこれは好きになってしまうと思った。悠日は意外と恋愛スキルが高いのかもしれない。2人はことのほかスムーズに想いを通わせ合う。鹿浜を下敷きにして。

「おめでとう。幸せになってください」

鹿浜はそう祝福し、本当は自分が摘木と使うつもりだったペアのティーカップを悠日と摘木に差し出す。鹿浜は社会不適合者のように見えるけど、もし彼が社会に適合できないとしたら、それは彼が他人の気持ちがわからないからではない。むしろその逆。わかりすぎてしまうのだ、彼は他人の気持ちが。この世の中は、他人の気持ちに敏感な人ほど生きにくいようにできている。

「僕がたったひとり心を許した友達の名は“孤独”だ」

林は回を重ねるごとに、鹿浜の孤独を際立てていく。今回なんてみんなと一緒に自宅捜査会議をしていても、完全に心を閉ざしていて、美しき罪に目を爛々とさせていた凶悪犯罪愛好家の面影はどこにもない。今、彼を考察に駆り立てているのは、犯罪への興味ではない。ほんのひとときでも自分に楽しい時間をくれた悠日たちへの恩義だ。でも、そんなことを彼は口にしない。なぜなら、みんないなくなることを知っているから。その諦念を、林が怯えを隠した硬質な目と、突き放したような物言いで演じ、心を揺さぶる。

事実、小鳥は家を飛び出し、摘木は鹿浜がつくったごちそうには見向きもしなかったのに、悠日のつくるカレーや冷やし中華はおいしそうにたいらげた。一方、鹿浜は誰もいないリビングで膝を抱いている。悠日宅は暖色の明かり。鹿浜家は青白い月明かり。その対比が余計にせつない。

では、なぜこんなに恋は痛みを伴うのか。その答えを暗示していたのが、今回の事件だった。犯人は乱れた社会の風紀を正そうと制裁の矢を放った。ならば、鹿浜や小鳥に放たれたのは、間違いなく恋の矢だ。恋の矢に射抜かれ、ふたりは傷を負った。かつてはキューピッドが弓を引き絞ったが、現代はドローンが無機質な目で監視している。そんなモチーフの遊びも洒落ていて、坂元裕二のセンスを感じた。

恋と犯罪の共通点は、当事者以外からはチープに見えること

「負けてる人生って誰かを勝たせてあげてる人生です」

そう言っていた悠日は、しかしあっさり勝者になった。人生なんてそういうものだ。人は自分の幸福には無自覚なのに、不幸ばかりを主張したがる。今回の事件の犯人が犯行予告の際に「ゲームの始まりです」「クイズを出します」とお決まりの文句を言って、その陳腐さに悠日も摘木も小鳥も呆れていたけれど、そんな3人がわかりやすくありきたりな恋愛に回収されていくさまは、なんとも言えない皮肉さがあった。結局どれだけ当事者にとっては切実で真剣でも、それ以外の人たちからはほとんどすべてのことがチープに見えるのかもしれない。恋も、犯罪も。

ならば、その中ではみ出してしまった鹿浜の行く先はどこか。もはや悠日たちより、森園真澄(安田顕)との関係の方がよっぽど親密になっている気がする。2人が開かずの扉の先に見たものは何か。そして、鹿浜家に仕掛けられた監視カメラと、朝陽(毎熊克哉)の事件に何か関係はあるのか。ついでに、森園の妻ズの正体は。

『初恋の悪魔』のルービックキューブは、まだ1面も揃う気配がない。

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